家が紡ぐ物語 江戸川乱歩編 第2回


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夢の世界に生き、引っ越しと転職を繰り返した半生(2)

写真提供:立教大学

強烈な個性を持つ怪人二十面相、不気味な妖怪博士、青銅の魔人、透明怪人……。異形の悪役たちがうごめく古い洋館に乗り込む明智小五郎と少年探偵団。
江戸川乱歩が描く妖しい世界に魅了され、子どもの頃に「少年探偵団シリーズ」を読破した思い出のある人も少なくないでしょう。
『屋根裏の散歩者』や『人間椅子』など人間心理を描き尽くした本格ミステリーも、いまだに色あせることなく、新たな読者を獲得し続けています。
「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」
乱歩は、この一言を自らのキャッチフレーズのように使っていました。
「現実世界の出来事は幻のようなもので、妖しい夢の世界こそが全てである」という意味で、“江戸川乱歩”というペンネームの由来にもなったアメリカの文豪、エドガー・アラン・ポーの言葉が元となっています。
この言葉を地でいくかのように現実の世界に価値を見いださず、職や住まいを転々としながら夢の世界に生きた乱歩。
専業作家になるまでに20回近く職を変え、生涯で40回以上転居を繰り返したといわれています。
そんな乱歩が、人生後半の31年間、一軒の家に住み続けました。
終の棲家(ついのすみか)となったこの家には、乱歩をひき付けてやまない何かがあったのでしょうか。

残された文献を読み解いていく中で見えてきた、生身の乱歩。
実際に足を運んだ旧乱歩邸で目の当たりにしたもの。
そこから、乱歩にとってこの家が何だったのかを探っていきたいと思います。
 

13年間で約20回の転職

転々としていた頃の記録を読んでいると、この時代の乱歩が次第にはっきりと見えてきます。
かいつまんで、のぞいてみましょう。

大学を卒業して最初に入社したのは、大阪にある南洋貿易の商社でした。恩師の紹介で入社したにもかかわらず、1年もたたないうちに乱歩はこの職場に飽き飽きしてしまいます。寮生活だったため一人きりになる時間がとれず、思索癖、妄想癖が満たされないのがつらかったとのこと。無断で飛び出したまま戻らず、資金が尽きるまで伊豆の温泉を泊まり歩き、半年ほど失業することになりました。
その後、ポータブルタイプライターの行商を2カ月ほどしてから三重県に移り、鳥羽造船所電機部の庶務係を1年間勤めました。ここでもまた出勤が嫌になり、寮の押し入れに閉じこもって昼間からふすまを閉め切っていたといいます。このときに、天井を見上げながら思索にふけった経験も『屋根裏の散歩者』の原案につながっているということから、乱歩のこの性質は単なる怠惰ではなく、創造の源でもあったのだということが伝わってきます。

鳥羽造船所を逃げ出した乱歩は、東京・千駄木の団子坂で2人の弟とともに「三人書房」という古本屋を開きました。鳥羽造船所時代に知り合った村山隆子が東京に出てきて結婚しますが、当然ながら少ない資金で始めた商売は火の車。乱歩は古本屋を営む傍ら、内職として『東京パック』という雑誌の編集に携わります。ページを埋めるために自らイラストも描くなど奮闘しましたが、3カ月しか続きません。さらには、日銭を稼ぐために屋台のラーメン屋になり、夜中にチャルメラを吹きながら町を歩いたようですが、これも半月でやめたそうです。

生活が立ち行かなくなった乱歩は、恩師の世話で東京市役所の職員となりますが、またもや無断欠勤が多くて半年でクビに。
その後、大阪時事新報の記者になるものの半年しか持たず、日本工人倶楽部で機関誌の編集者になりますが、これも1年半。その後、郊北化学研究所でポマード製造業の支配人となりますが、やはり半年。
さすがに諦めの境地に達したのか、1922年、乱歩は妻と前年に生まれた息子を連れて大阪に移っていた実家に逃げ帰り、居候の身となりました。

この時期、所在のなさを紛らわすために書いた2編の小説『二銭銅貨』と『一枚の切符』が文芸誌『新青年』に掲載され、「日本にも外国作家に負けない探偵小説家が現れた」と評されたことが実質的な乱歩の作家デビューとなりました。
一見放浪していたかのように見える乱歩は、実は夢の世界に生き、創造の源泉を掘り当てていたのです。
 

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参考文献
『江戸川乱歩推理文庫第60巻 うつし世は夢』(講談社)
『江戸川乱歩随筆選』(紀田順一郎編・筑摩書房)
『江戸川乱歩コレクションⅠ 乱歩打明け話』(新保博久、山前譲編・河出書房新社)
立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターパンフレット

取材協力:立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター
所在地:東京都豊島区西池袋3-34-1
公開:水曜、金曜(10:30〜16:00)
*資料閲覧には事前予約が必要
http://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/rampo/

M0000OG1539(2017.04新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。