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旧島崎藤村邸を訪ねる(3)

※トップ画像は、島崎藤村 (1872~1943) 写真:国会図書館所蔵

名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月
(「椰子の実」より抜粋 詩集『落梅集』より)

異国から流れ着いた椰子の実を眺めて、自らの故郷へ思いをはせたこの詩は、多くの人々の心に染み入り、名曲となって今でも歌い継がれています。
島崎藤村といえば、この歌を一番に思い浮かべる人も大勢いることでしょう。

藤村が穏やかな日々を送ったのは晩年のことであり、その前半生は「椰子の実」ののどかな印象からはかけ離れた、苦悩に満ちたものでした。
亡くなる前の約2年半、神奈川県中郡大磯町の簡素な家で静かに暮らした時間は、藤村にとってかけがえのないものだったに違いありません。
藤村が「靜の草屋(しずのくさや)」と呼んだこのついのすみかはそのままの形で残され、現在は多くのファンが訪れて藤村の面影をしのんでいます。

静かで幸福な時間が流れる家

▲広縁に面した庭

居間から庭を眺めることを好んでいた藤村。
草木をめでた藤村は、もともとあった垣根を作り替えさせたり、東京の自宅の庭の木をこちらに植え替えさせたり、と庭師に頼んで熱心に庭を造りました。
白い花が好きで、白ハギ、白ツバキ、クチナシなど、白い花が咲く草木を選んで植えたようです。
花が咲き乱れる春も、燃えるような紅葉も、純白の雪景色も、さぞ美しかったことでしょう。
この庭が四季折々に表情を変える様子が晩年の藤村をいかに慰めたのか、想像に難くありません。

▲ベニカナメやクチナシ、ツバキ、ハギなどが植えられている

1943年8月21日、藤村はこの居間で息を引き取りました。
最期となった日も、ここから庭を眺めていたそうです。

この日のことは、静子夫人が書き残しています。

朝の9時半頃、書斎から出てきた藤村は、居間の広縁に立って庭を眺めていました。
書きかけの『東方の門』について話し、「今日はお菓子をつくってくれ」と静子夫人に頼んだそうです。

その直後「ひどい頭痛だ」と言って、茶棚にある常備薬を取りに行こうとするのですが、静子夫人に倒れかかってしまいます。庭に目をやり、気持ち良さそうに涼風を感じながら「涼しい風だね」と2回つぶやくと、そのまま昏睡(こんすい)に陥り、一度も意識を取り戻すことなく翌22日の午前0時35分に永眠しました。
最後まで気にかけていた『東方の門』は、未完のまま絶筆となりました。

取材に訪れたのは、藤村が亡くなった日に近い残暑の折。
藤村が愛したという白い花は、白ハギしか目にすることができませんでしたが、藤村が最期に感じた涼しい風は、私たちの頬もなでてくれました。
苦悩に満ちた前半生を送りながらも、愛妻と共に草木をめで、執筆に専念しながら心穏やかに生きた晩年の藤村。
そんな藤村にとって、この家がこの上なくふさわしいものであったことは、短い時間滞在しただけでも、確かなものとして伝わってきました。

藤村亡き後、この家では静子夫人が暮らしていましたが、戦況が悪化して箱根に疎開。
1950年からは作家の高田保が住み、ここで『ブラリひょうたん』を執筆しました。
その後は静子夫人が戻り、1973年に亡くなるまで清貧そのものの日々を送っていたそうです。
静子夫人はカトリック教徒だったため、亡くなった際は教会墓地に埋葬することも提案されたようですが、共に眠ることが2人の幸せだろうという声も多く、宗教の壁を越えて、藤村の眠る地福寺に埋葬されました。

2人が暮らしたこの「靜の草屋」は1996年から公開され、多くの藤村ファンが足を運んでいます。ここには、藤村が暮らしていた頃と変わらぬ、ただただ静かな時間が流れています。

参考資料
旧島崎藤村邸パンフレット
『島崎藤村コレクション1 写真と書簡による島崎藤村伝』伊東一夫、青木正美編(国書刊行会)
『島崎藤村コレクション2 知られざる晩年の島崎藤村』青木正美著(国書刊行会)
『群像 日本の作家4 島崎藤村』井出孫六著(小学館)
『現代日本文学アルバム第3巻 島崎藤村』足立巻一ほか編(学習研究社)
『茶室建築の実際』松嶋重雄著(理工学社)
大磯町観光協会オフィシャルサイト
http://www.oiso-kankou.or.jp/entry-info.html?id=20446/
大磯町観光情報サイト イソタビドットコム
http://www.town.oiso.kanagawa.jp/
isotabi/look/meisyo/kyuushimazakitousontei.html

取材協力:旧島崎藤村邸(大磯町産業観光課)

所在地:神奈川県中郡大磯町東小磯88-9
開場時間:9:00~16:00
休場日:月曜日(祝祭日の場合は開場)、年末・年始

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。

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