和紙作家 堀木エリ子が語る(後編) 「何事も利他の心を持ち、自分事として捉える」


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ボクとワタシの「幸福論」 第12話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ50 「制作」 より
「行動すれば未来が始まる」

中公クラシックス『幸福論』より


利他の心で動き出せば、幸せが近づいてくる
 

和紙作家 堀木エリ子さん
 

夢を言葉にして、情熱をもって動き出す

なんでもそうだと思うのですが、頭の中で考えていることと、実際に行動した結果は異なります。私の場合、素人の状態でこの仕事を始めましたので、最初は和紙の世界でできることも、できないと言われてきたこともまったく知りませんでした。でも、それがよかったのでしょう。結果的にいつも、うまくいくかどうかわからないけれど“やってみたらできた”。この繰り返しでここまでこられたのですから。『幸福論』のプロポ、「制作」や「着手」に書かれている、「頭で悩まず、とにかく手を動かし、足を動かす」という考えに共感します。ただ、動き出す前に、思いや夢を具体的な言葉にして周囲に発することも大事。そして、どうしてもかなえたいことなのであれば、パッション=情熱が絶対に必要です。

それを前提として、夢が前に進んでいくかどうかの境目には、“利己”か“利他”の差があって、私は、利他の心で物事を表現したり伝えたりする限りは、失敗しないと信じています。だから、動き出す前に必ず考えるのは、「それは利己なのか、利他なのか」ということ。この考えは利己に傾いていると感じたら調整し、利他だと確信できたら、情熱を持ってそのまま突き進みます。起業したての頃、和紙の素晴らしさを世の中に広めたいと考え、業界の大物といわれる先生方に協力をお願いしにいきました。ありがたいことに、快くお引き受けいただけたのですが、自分を高めてからでないと会ってもらえないとためらっていたら、今の私はいなかったでしょう。もちろん、動き出したことで失敗したこともたくさんあります。でも、それだって大切な経験。次に失敗しないための糧にすればいいのです。

「画家はモデルの微笑みによってあなたを楽しませるのではない」。このプロポの一節も深いですね。何事も目に見えていることだけではなく、その奥の意味を知ることが大事だと思います。例えば、お札を白いご祝儀袋に入れて人にお渡ししますが、これはお金を浄化して人に差し上げるという行為で白い“紙”が“神”に通じるという精神性が込められています。和紙だけではなく、ほかの伝統産業にも感じることですが、“本物”といわれるものは、長く続いてきた理由があり、また、出来上がっていくまでの工程一つ一つが全て美しいのです。そんな奥深い和紙の仕事をお納めしたお客さまから、「さすが」と言っていただけたとき、とても幸せな気持ちになれます。これは、期待通り、もしくは、期待以上の仕事と認めてもらえないと、聞くことができない言葉。私もスタッフも職人さんも、お客さまから「さすが」という言葉を引き出すためにこの仕事をしていると思っています。
 

リスクのない人生に幸せは訪れない

40歳になる手前、悪性の腫瘍が見つかりました。お医者さまに「最悪のこともありえる」と言われ、会社の今後を真剣に考えて遺言状を書きました。書きながら、残されたスタッフだけでは経営を続けることが難しいことが分かって、絶対に死ねないと力が湧いてきたんですね。思いを文字にして書き出すことによって自分がやるべきことがより明確になったわけです。手術を経て、幸い体は元に戻り、遺言状に書いたことは3年間で全てやり切りました。大病を患い、自分なりの死生観の中から学んだのは、人間は誰も死に様は選べないけれど、生き様は選べるということ。あらためて自分の生き様を考えて見つかったのは、「和紙の仕事を通して人様の役に立ちたい」という利他の心でした。その心を持ったまま、この道を死ぬまで歩み続けること。それが私の生き様であり、人生の幸せでもあるのです。

ある高級国産ウイスキーのボトルに張られる、和紙ラベルのプロデュースを当社でお受けしています。越前の和紙工房にその仕事を手伝ってもらっていますが、そのご夫婦は「子どもに家業を継がせるつもりはないし、本人たちも継がないと言っている」とおっしゃっていました。ところが、2人の息子さんが大学の卒業旅行で海外に行かれた際、とある国の空港でそのボトルを見つけたんですね。実家の仕事が世界から求められていることに感動し、帰国した彼らは「手漉き和紙職人になりたい」とご両親に伝えたそうです。今では2人とも、本当に素晴らしい職人さんになられています。未来に伝統をつなぐための仲間が増えた――まさに私が思い描いていた原点。これまでこの仕事をしてきて、一番うれしかったことです。

昔、お世話になっていた社長が、「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、全部わしのせいや」と、よくおっしゃっていました。とてもすてきな姿勢ですよね。なんでも人のせいにする、与えられた条件のせいにする、そんな人が増えている気がします。リスクを負わない人生に幸せは訪れません。責任に対して向かっていくから、結果が出たときに初めて幸せを感じられるのです。いつも「私が、私が」で、利己の立場を主張するのは子ども、自分の立場を考えて利他の行動ができるのが大人。子どもと大人の境目って、そこなんです。ただ立場は、年を経るごとにどんどん変わっていきます。その時々の自分の立場をしっかり把握し、求められていることに応えられて、初めて社会の役に立っているといえるのです。何事も自分事として捉える。その心持ちと姿勢が、幸せを引き寄せるためにはすごく大事だと思います。
 

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語り手:堀木エリ子
1962年、京都府生まれ。高校卒業後、4年間の銀行員生活を経て、和紙商品開発会社へ転職。87年、SHIMUSを設立。2000年、(株)堀木エリ子&アソシエイツを設立。成田国際空港第一ターミナル北ウイング到着ロビーなど公共施設、ホテル、デパートなど多数の建築空間で作品を展開。米国カーネギーホールでの「ヨーヨー・マ・シルクロードプロジェクト」の舞台美術など海外でも活躍。日本建築美術工芸協会賞、インテリアプランニング国土交通大臣賞、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003、日本現代藝術奨励賞など多数受賞。近著に『挑戦のススメ』(ディスカヴァー)がある。

M0000OG1734(2017.08新)

スマイルすまい編集部

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