家が紡ぐ物語 いわさきちひろ編 第2回


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画家いわさきちひろの誕生
▲いわさきちひろ バラと少女 1966年

柔らかで淡く、消えてしまいそうなほどに透き通った水彩で描かれる、小さな子どもたち。
どこまでも甘く、はかなく、美しい世界。
その絵があまりにかわいらしいので、私たちはなかなか気が付きません。
いわさきちひろ、という鈴の音のような名前の向こうに、強い意志を持った一人の女性がいたことを。
この国が戦争へと突き進む中で青春時代を過ごし、空襲で全てを焼かれながらも、あどけない子どもたちを描き続けた彼女の怒りと祈りを。
ちひろの手から生み出された子どもたちは、大人の心の奥底までを見透かすようなまなざしで、今も静かにこの世界を見つめ続けています。
 

上京、そして愛する夫との結婚

1946年、本格的に絵を学ぶことを決意したちひろは、疎開先の長野から東京へと単身で上京しました。宿泊先も決めぬまま飛び出した、家出同然の上京でした。

日本共産党宣伝部・芸術学校に入校したちひろは、人民新聞社の江森盛弥編集長から才能を見いだされます。この幸運が、ちひろの前途を切り開きました。

文も絵も描ける記者として人民新聞社に採用されたちひろは、神田のブリキ屋へ嫁いだ叔母を頼りに、下宿をさせてもらいながら、取材に挿絵にと奮闘します。

1947年には、江森編集長の翻訳本『わるいキツネその名はライネッケ』で初めて、1冊丸ごとの挿絵を担当しました。アンデルセン『お母さんの話』の紙芝居の絵を任されたのもこの時期です。カラーで印刷される初めての仕事でした。
この作品が文部大臣賞を受賞したことからちひろの仕事は軌道に乗り、画家としての独り立ちを果たします。

終戦を迎えた後、ちひろは疎開先の松本で共産党に入党していました。絵の勉強を続けさせてもらえず、結婚を強いられた時代背景、そして第2次世界大戦の意味。さまざまなことを熟考した末に、「新しい世の中を作っていきたい」という思いに駆られての決心でした。

とはいえ、ちひろが拳を突き上げ、声高に叫ぶ人々の姿を描くことは一切ありませんでした。

「プロパガンダを描くのではなく、描きたいものを描く」
それがちひろのスタンスでした。

「デモ」と題された新聞のカットでモチーフになったのは、花束を持ったドレス姿の女性たちでした。ちひろ独自の表現で、より良い社会を願う気持ちが見事に描かれています。

▲夫、善明と 1950年

1949年、ちひろは7歳半年下の共産党員・松本善明(ぜんめい)と出会います。
「僕は世の中でいちばん苦しい人たちといっしょに歩いていこうと決めたんです」という善明の純粋さに打たれたちひろは、自分が年上であること、過去に不幸な結婚を経験していることを悩みながらも、残りの人生を善明と共に歩むことを決意しました。

善明は司法試験の勉強に取り掛かり、ちひろは筆一本で新婚生活を支えます。待望の男の子・猛を授かったのはそんな日々でした。

しかし、小さな部屋でちひろが必死に絵を描き、善明が司法試験の勉強をし、そこで新生児の世話をする……という暮らしが成り立つはずはなく、長野に住んでいたちひろの母が猛を一時的に引き取って育てることになります。

3人で暮らせるようになるまでの辛抱だと、ちひろは東京で仕事にまい進しながらも、時々長野へ猛に会いに行きました。

この時期、限られた時間にいとしいわが子の姿を脳裏に焼き付けたからでしょうか、ちひろは後々「10カ月と1歳の赤ん坊をモデルなしでも描き分けることができる」と言われるほど、赤ん坊の絵で定評を得ることになりました。

1951年、善明は初めて受験した司法試験で見事に合格を果たします。これで、猛を引き取り3人で暮らすことができる! そんな喜びの中、ちひろと善明は初めての家を建てることにしました。

こうして1952年の春に完成したアトリエ兼住居が、ちひろが亡くなるまでの22年間を過ごしたついのすみかとなったのです。


 

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参考資料
『ちひろの昭和』竹迫祐子・ちひろ美術館編著(河出書房新社)
『ちひろさんと過ごした時間 いわさきちひろをよく知る25人の証言』黒柳徹子・高畑勲ほか著 ちひろ美術館監修(新日本出版社)
『文藝別冊 いわさきちひろ総特集』ちひろ美術館監修(河出書房新社)
『ちひろを訪ねる旅』竹迫祐子(新日本出版社)
『いわさきちひろ 知られざる愛の生涯』黒柳徹子・飯沢匡著(講談社)
『妻ちひろの素顔』松本善明著(講談社)
『伝記を読もう いわさきちひろ』松本由理子(あかね書房)

取材協力:ちひろ美術館・東京
所在地:東京都練馬区下石神井4-7-2
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:大人800円、高校生以下無料
休館日:月曜日(祝休日の場合は開館、翌平日休館)、年末年始 ※2月は冬期休館
https://chihiro.jp/

M0000OG2367(2018.01新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。