家が紡ぐ物語 いわさきちひろ編 第3回


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家族3人、念願の新居へ
▲いわさきちひろ バラと少女 1966年

柔らかで淡く、消えてしまいそうなほどに透き通った水彩で描かれる、小さな子どもたち。
どこまでも甘く、はかなく、美しい世界。
その絵があまりにかわいらしいので、私たちはなかなか気が付きません。
いわさきちひろ、という鈴の音のような名前の向こうに、強い意志を持った一人の女性がいたことを。
この国が戦争へと突き進む中で青春時代を過ごし、空襲で全てを焼かれながらも、あどけない子どもたちを描き続けた彼女の怒りと祈りを。
ちひろの手から生み出された子どもたちは、大人の心の奥底までを見透かすようなまなざしで、今も静かにこの世界を見つめ続けています。
 

下石神井に家を建てる

ちひろと善明が新居を建てたのは、戦前にちひろの両親が購入して、戦時中の食糧確保のために芋畑にしていた土地でした。

現在この地は、ちひろ美術館・東京になっています。

▲下石神井の家の跡地に建てられたちひろ美術館・東京

当時の住宅金融公庫の面積制限のぎりぎりである建坪18坪の小さな平屋。

けれども、ここに居を構えてから、2人は勢いがついたかのように人生の上り坂を駆け上がっていきます。

ちひろは、福音館書店から出版された「こどものとも」シリーズの『ひとりでできるよ』、『みんなでしようよ』が好評を博し、小学館児童文化賞を受賞。代々読み継がれる質の高い絵本を作ることに情熱を傾け、日本の絵本文化を牽引していきます。弁護士となった善明は、1967年衆議院議員選挙で初当選し、以後33年間議員を務めました。

1963年には、1度目の改築をして夫の両親を迎えます。
このとき、平屋だった家は2階建てになり、アトリエや猛の部屋、夫婦の寝室などは2階にしつらえられました。

▲増築したアトリエにて 1963年

1970年には、体が不自由になったちひろの母を迎えるため、2度目の改築工事をします。
この家は、ちひろたち親子と双方の母親、お手伝いさんとその子ども、という大所帯になりました。夫婦双方の来客も絶えません。

幸せであると同時に、仕事と家事に忙殺されていたちひろ。けれども、ちひろはかれんな少女の面影をそのままに残し、どんなに忙しくともバタバタとした気配を漂わせたり、声を荒らげたりすることは一切なかったといいます。

ちひろは、当時のことをこのように語っています。
「夫がいて子どもがいて、私と主人の母がいて、ごちゃごちゃのなかで私の胃の具合が悪くなって仕事をしていても、人間の感覚のバランスがとれているんです。そのなかで絵が生まれる。大事な人間関係を切っていくなかでは、特に子どもの絵は描けないんじゃないかと思います」(いわさきちひろ 1972年)

時代は混迷を極め、やがてベトナム戦争のニュースが世間に暗い影を落とすようになりました。

ベトナム戦争で亡くなっていく子どもたちに心を痛めていたちひろは、1972年、ベトナム戦争への抗議を込めた絵本『戦火のなかの子どもたち』の制作に取り掛かります。
今やらなければ、あの子たちはみんな殺されてしまう……。そんな焦りの中で作られた本でした。

無理がたたったのでしょうか、このときちひろの体は、すでに病魔に侵されていました。
1973年の夏、小康状態にまで回復したちひろは、すさまじい集中力で作品を描き切ります。頭の中にあったのは、26歳のときに自ら経験した空襲の惨禍でした。

制作の最終段階で、ちひろは1枚の絵を描き足すことを決心しました。

▲いわさきちひろ 焔のなかの母と子 1973年 『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)より

「焔のなかの母と子」と題されたこの絵は、迫りくる戦火をにらみ付ける母親と、その腕に抱かれたあどけない赤ん坊が描かれています。

ちひろが生涯を通じて描いた9500点を超える作品の中で、これほど厳しい顔をした女性が描かれているのは、この1点だけです。

かわいいもの、美しいものが大好きだったちひろは、きっと生涯それだけを描き続けたかったのでしょう。けれども、時代がそれを許しませんでした。

余命わずかの体で、最後の力を振り絞ってこの絵を描かねばならなかったちひろの強い怒り、平和への祈りは、時を超えて私たちの胸に突き刺さります。

この作品を完成させた翌1974年、ちひろは55歳でこの世を去りました。『戦火のなかの子どもたち』は、今も多くの人々に読み継がれています。

愛妻・ちひろを失い、泣き明かした善明は、その死の翌日、「ちひろの遺したものを家族だけのものにせず、もし人々が望むならば、ささやかではあっても人類の遺産のひとつとして位置づけたいと思う」と、いわさきちひろ美術館の構想を家族に話しました。

こうしてちひろの死から3年後の1977年、「いわさきちひろ絵本美術館」(現・「ちひろ美術館・東京」)が誕生しました。


 

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参考資料
『ちひろの昭和』竹迫祐子・ちひろ美術館編著(河出書房新社)
『ちひろさんと過ごした時間 いわさきちひろをよく知る25人の証言』黒柳徹子・高畑勲ほか著 ちひろ美術館監修(新日本出版社)
『文藝別冊 いわさきちひろ総特集』ちひろ美術館監修(河出書房新社)
『ちひろを訪ねる旅』竹迫祐子(新日本出版社)
『いわさきちひろ 知られざる愛の生涯』黒柳徹子・飯沢匡著(講談社)
『妻ちひろの素顔』松本善明著(講談社)
『伝記を読もう いわさきちひろ』松本由理子(あかね書房)

取材協力:ちひろ美術館・東京
所在地:東京都練馬区下石神井4-7-2
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:大人800円、高校生以下無料
休館日:月曜日(祝休日の場合は開館、翌平日休館)、年末年始 ※2月は冬期休館
https://chihiro.jp/

M0000OG2368(2018.01新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。