家が紡ぐ物語 朝倉文夫編 第2回


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朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)を歩く(玄関~アトリエ)
▲朝倉文夫(1883~1964)

古き良き東京下町の面影を残す谷中、根津、千駄木。
懐かしい風景にほっと心がほぐれたり、新たな発見にぐいぐい引きつけられたり、歩けば歩くほどその魅力に深くはまり込んでしまうこの界隈の散歩コースは、その頭文字を取って「谷根千」と呼ばれ、老若男女を問わず人気です。

その中でも圧倒的な存在感を放っているのが、谷中にある朝倉彫塑館。
日本を代表する彫刻家・朝倉文夫が設計から手掛け、29年間暮らしたアトリエ兼住居です。
形式に縛られることなく独自の美意識で作り上げられたこの建築は、細部に至るまでが朝倉流。

この自由気ままな朝倉流を、ご本人は“アサクリック”と呼んでいたのだそう。
随所にちりばめられた“アサクリック”を観察していると、いつの間にか猫を抱いた丸眼鏡の朝倉文夫がそばにいるような錯覚に陥ってしまう……不思議な魅力に満ちた邸宅です。
 

電動昇降台のあるアトリエ

進化を続ける東京で、独自の時間が流れているかのような谷中の町。
代々続く小さな商店や趣のある純喫茶、思わずのぞき込まずにはいられない生活感あふれる細い路地。

そんな街並みを眺めながら朝倉彫塑館へ向かったせいか、突然目の前に現れた真っ黒な外壁に驚かされました。

なぜ、黒に?

その答えはこんな一文にありました。
「黒い色なら汚れ目も目立たず光線の反射による近所近辺の邪魔にもなるまい」(『未定稿 我家吾家物譚』より)

一瞬たじろぐほどの強烈な黒は、ご近所への配慮からだったのですね。

玄関から真上を見上げると、ガーゴイルのようにも見える何者かの姿が。

アトリエ棟の屋上に据え付けられているこの作品のタイトルは「砲丸」。
帽子を後ろ向きにかぶって腰掛けた一人の少年が、片手で砲丸を押さえて一点を見つめています。

なぜ、最も目に付く位置にこの作品を配したのでしょうか。
その理由は、明確には残されていないようです。

では、さっそく中へ入ってみましょう。玄関周辺の腰張りには竹を用いた「木賊(とくさ)張り」が施されています。

▲木賊張りの玄関

これは、細い丸太や竹を隙間なく張り並べる手法で、非常に手間がかかるとか。
床も御影石と木材を組み合わせた凝った造りです。

玄関脇の階段では、一段一段の蹴り込み板にも「木賊張り」が施されています。
手すりに使われているのは、自然のままの形を生かした木材。

▲木賊張りの階段

▲ユニークなカーブを描く天然木の手すり

普請道楽といわれた朝倉は、変わった枝ぶりの木などを見つけると、「どこかに使えるのではないか?」と、取りあえず入手したのではないかと思われます。

こうして自然のままの木材をゆがみまで生かして使ってしまうのも、“アサクリック”の一つだったのでしょう。

まずはアトリエへ。

▲アトリエ

天井高8.5m。足を踏み入れるとその高さに圧倒されます。
コンクリートのむき出しを嫌った朝倉のアイデアで、壁は淡い茶色の真綿壁に。

壁面に角がなく、曲線で仕上げてあるのは、くっきりとした強い影が生じることを避けたからだそう。

驚くほど空気が柔らかく感じられるのは、壁の色と質感、そしてこのゆったりとした曲線ゆえなのでしょう。

芸術家のアトリエでは、光の安定している北側に窓を作るのが鉄則だといわれますが、ここでは北側のトップライトを含め、三方向から自然な光が入るようになっています。

「彫刻というものは観賞上光線の投影ということは非常に大切であるだけに、最悪な条件によって制作を試みることは極めて用意周到な仕方でもある」(『未定稿 我家吾家物譚』より)

完成した作品が必ずしも完璧な光線の中に展示されるわけではないことを考慮して、あえて光に頼らず、厳しい目で対象に迫ろうとした朝倉の姿勢が伝わってきます。

アトリエの入り口にたたずむのは、1910年に制作された「墓守」。

▲「墓守」

朝倉が学生時代に毎日見掛けていた老人が、家族の指す将棋を見て無心に笑っている瞬間を捉えた作品です。

それまでの朝倉は、自然を自然のまま表現することに飽き足らず、自分で設定したテーマをいかに表現するのか、常に苦悩していました。
けれども「墓守」の制作においては、ただただ客観的に老人を見つめ、そのままの姿を表現することに没頭したといいます。

「するとそこに墓守のおじいさんが現れるように出来て実に制作が気持よくはかどった。純客観は正岡子規が論じていたが、私もこれでなくてはいけないということに気づいた。そしてその後私は主観と訣別して客観に徹する態度に一変した」(『私の履歴書』より)
このように書き残されている通り、「墓守」は、朝倉が自然主義的写実主義へとかじを切るターニングポイントとなった貴重な作品です。

高さ3.78mという巨大な彫像は「小村寿太郎像」です。

▲「小村寿太郎像」

蓋をしていて見られないことが多いのですが、この場所には電動昇降台があります。
通常、背丈の高い作品を制作するときは、足場を作って上ったり下りたりしながら作業をするもの。
それを苦にした朝倉は、電動昇降台の上に作品を載せて、自分ではなく作品の方を上下させるという斬新なアイデアを打ち出したのです。
海外に対して、日本の文化水準の高さを示したいという思いもありました。
アトリエ棟をコンクリート造にせざるを得なかったのは、この電動昇降台を設置するためだったそうです。

コンクリート造と木造を継ぎ合わせるという珍しい建築物は、電動昇降台ありき、だったのですね。

▲電動昇降台使用時の様子

 

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参考
『私の履歴書 文化人6』(日本経済新聞社)
『未定稿 我家吾家物譚』朝倉文夫著(台東区立朝倉彫塑館)
『朝倉文夫文集 彫塑余滴』朝倉文夫著(台東区立朝倉彫塑館)
『朝倉彫塑館ミニガイド』(台東区立朝倉彫塑館)

取材協力:台東区立朝倉彫塑館
所在地:東京都台東区谷中7-18-10
開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)
入館料:一般500円、小・中・高校生250円
※毎週土曜日は台東区在住・在学の小・中学生とその引率者の入館料無料
休館日:月・木曜日(祝日と重なる場合は翌日)、年末年始、展示替え期間等
※入館時には靴下着用のこと
http://www.taitocity.net/zaidan/asakura/

M0000OG2679(2018.05新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。