家が紡ぐ物語 朝倉文夫編 第3回


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朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)を歩く(書斎〜寝室)
▲朝倉文夫(1883~1964)

古き良き東京下町の面影を残す谷中、根津、千駄木。
懐かしい風景にほっと心がほぐれたり、新たな発見にぐいぐい引きつけられたり、歩けば歩くほどその魅力に深くはまり込んでしまうこの界隈の散歩コースは、その頭文字を取って「谷根千」と呼ばれ、老若男女を問わず人気です。

その中でも圧倒的な存在感を放っているのが、谷中にある朝倉彫塑館。
日本を代表する彫刻家・朝倉文夫が設計から手掛け、29年間暮らしたアトリエ兼住居です。
形式に縛られることなく独自の美意識で作り上げられたこの建築は、細部に至るまでが朝倉流。

この自由気ままな朝倉流を、ご本人は“アサクリック”と呼んでいたのだそう。
随所にちりばめられた“アサクリック”を観察していると、いつの間にか猫を抱いた丸眼鏡の朝倉文夫がそばにいるような錯覚に陥ってしまう……不思議な魅力に満ちた邸宅です。
 

コンクリート造のアトリエ棟と木造の住居棟

アトリエの隣は、書斎です。

▲書斎
天井まで隙間なく並んだ本。
この部屋の洋書のほとんどは、美術評論家であり、東京美術学校の人気教授でもあった朝倉の恩師・岩村透氏の蔵書だったものです。

岩村氏の亡き後、これらの蔵書を古書店が買い取ったと知った朝倉は、貴重な資料が散逸してしまうことに危機感を抱きました。
そして、家を抵当に入れて資金を作り、それらの本を買い戻したのです。こうして貴重な岩村蔵書がまとまった形で保存されることになりました。

作り付けの書棚は、関東大震災を経験したからこそのアイデア。
高い位置に本を収納することについては、湿気を避けるため、中国でも古くからこのような方法が採られたため、などと書き残されています。

書斎の隣は応接室です。

▲応接室

言われなければ気付かずに通り過ぎてしまいますが、書斎まではコンクリート造、応接室から先が木造になっています。

この引き戸の部分が、コンクリート造と木造のつなぎ目です。

▲写真奥側の部屋がコンクリート造、手前が木造

このように素材の違う建物をつなぐのは、専門家にとっても非常に難しい作業なのだそう。

この部屋から先が木造ではありますが、南側の壁が半円形に作られ、壁に沿って半円形のソファが置かれているなど、和洋折衷の雰囲気が漂っています。
ちょうど継ぎ目に位置している部屋なので、緩衝材的な役割を果たしているのかもしれません。

温かみのある橙色の壁は、わらの繊維壁。注目すべきは杉が丸太のまま使われていること。

▲丸太がむき出しになっている天井

建物全体を通して丸太が多用されていますが、丸太を用いた工事は通常の材木を用いる工事の3倍の時間がかかるそうです。

応接室を抜けると、美しい中庭を望む廊下に出ます。

美しい曲線が印象的だったアトリエの壁と同様、窓ガラスの桟の四隅も曲線を描いていました。

廊下のすぐ外では、丸々と太ったコイたちが悠々と泳いでいます。

廊下の窓からは、庭越しに北側の建物が見えます。
ちょうど目の前に、コンクリート造と木造の境目が見えますね。
まったく違う様式の建築物が一体化しているのに違和感がなく、いつまでも眺めていたくなるような美しさが漂うのは、やはり計算し尽くされた建築物だからでしょう。

庭を眺めながらぐるりと廊下を歩き、北側の建物に入ります。
こちらは、家族の生活スペースがまとめられている住居棟です。

最初は家族の居間です。

▲居間

台所や浴室(非公開)が隣接しているので、便利に使えたことでしょう。
2人の娘たちと一緒に円形のちゃぶ台を囲んでいる様子が目に浮かぶようです。

居間の縁側です。

▲中庭に面した縁側

このような隅にまで、曲線を生かしたデザインが施されていました。

次の間は朝倉の居室ですが、炉が切ってあるため茶室とも呼ばれています。

ここから眺める庭の美しさは、ため息が漏れるほど。

▲茶室から見た庭の様子

障子を額縁に見立てれば、一枚の絵画のようです。

豊かな水と木々、そして日本各地から取り寄せた石を配した濃密な庭は、朝倉のアイデアをもとに造園家・西川佐太郎が作庭しました。

朝倉は自ら「水の信奉者」と名乗るほど水が好きでした。
庭の水を眺めているときの気持ちは、次のように書き残されています。
「僕はそれをじっとみつめていると、いろいろな邪念が頭から消えて無念無想の状態に導かれて行く。僕はこうして水によって心機を転換し、自分の心持をどの位助けられているか分からない。そして新しく蘇った精神が、僕を芸術に邁進させる」(『朝倉文夫文集 彫塑余滴』より)

ただ美しさを求めただけでなく、朝倉は水に心のよりどころを求めていたことが分かります。
だからこそ、水を豊かにたたえた庭が最も美しく見える位置に自室を配したのかもしれません。

天井は、茶室らしい「船底天井」。
高級建材である、神代杉が用いられています。

▲船をひっくり返したときのような山形のアーチが特徴の船底天井
▲軒下に見える柱には木の枝がそのまま使用されている

二股の枝を自然の形の使っている様子に、朝倉らしさが感じられます。

次の部屋である寝室からは、神奈川県真鶴の海石だと伝えられている大きな石が目の前に見えます。

▲庭に置かれた大きな海石

1つだけ滑らかな石を置いてアクセントにしているところに、朝倉流の美意識が感じられます。

天井には庭の水面が映り、ゆらゆらと揺らめきながら光を放っていました。
朝倉も、この光景を飽きずに眺めていたのではないでしょうか。

 

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参考
『私の履歴書 文化人6』(日本経済新聞社)
『未定稿 我家吾家物譚』朝倉文夫著(台東区立朝倉彫塑館)
『朝倉文夫文集 彫塑余滴』朝倉文夫著(台東区立朝倉彫塑館)
『朝倉彫塑館ミニガイド』(台東区立朝倉彫塑館)

取材協力:台東区立朝倉彫塑館
所在地:東京都台東区谷中7-18-10
開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)
入館料:一般500円、小・中・高校生250円
※毎週土曜日は台東区在住・在学の小・中学生とその引率者の入館料無料
休館日:月・木曜日(祝日と重なる場合は翌日)、年末年始、展示替え期間等
※入館時には靴下着用のこと
http://www.taitocity.net/zaidan/asakura/

M0000OG2680(2018.05新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。