家が紡ぐ物語 三鷹天命反転住宅編 第4回


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人間本来の身体感覚をよみがえらせる家
▲荒川修作(1936~2010)+マドリン・ギンズ(1941~2014)

東京都三鷹市の幹線道路沿いに突如姿を現す奇抜な建築物。
数え切れないほどの色と独特なフォルムで成り立つその建物は、芸術家であり、建築家でもあった荒川修作とそのパートナー、マドリン・ギンズが2005年に完成させた「三鷹天命反転住宅 イン・メモリー・オブ・ヘレン・ケラー」です。
「イン・メモリー・オブ・ヘレン・ケラー」というサブタイトル、「死なないために」というコンセプトはいったい何を意味しているのでしょうか?
建物の中を案内していただきました。
 

「天命反転住宅」は “死なないため”の家

ところで、この建物の名称にある「天命反転」とは、何を意味しているのでしょうか。この言葉を解明するためには、荒川修作が生涯をかけて挑んだ「死なないために」というテーマについて、少しひもといてみなければなりません。

まだ幼かった戦時中に人の死を数多く目にしたことから、彼は「死ななくて済むようにするには、どうしたらよいのか」と深く考えるようになったと言います。そして「死」という“天命”を“反転”させることを、1990年頃から主に建築を通じて実現しようと試みていました。

「この身体の使用の仕方によって(中略)、人間が永遠に生きるってことを大発見したんだ」
荒川はこのように語っています(ドキュメンタリー映画『死なない子供、荒川修作』より)。

彼の言う「死なない」とは、もちろん肉体的な不老不死を指しているわけではありません。身体の中で眠っている本能的、動物的な感覚を目覚めさせること。
そうして目覚めた力を自分の中に閉じ込めず、あらゆるものとつながり合いながら、身体の外側に世界を構築していくこと。それが、“死なないために私たちがすべきこと”であり、「天命反転住宅」は、それを気付かせてくれる装置だと荒川修作+マドリン・ギンズは考えていました。

▲この住宅には収納がない。床が傾斜しているため、家具の設置にも制限が。しかし、天井にはたくさんのフックがあり、ありとあらゆるものを「つるす」ことが可能

身体の感覚について話すとき、荒川+ギンズはヘレン・ケラーの名を出すことがよくあります。この住宅がヘレン・ケラーに捧げられていることからも、彼らにとってヘレン・ケラーが大きなキーワードだったことは明らかでしょう。

目も見えず、耳も聞こえなかったヘレン・ケラーは、あらゆる感覚を使って世界を知りました。この情報社会で、私たちは目と耳から入ってくる情報に左右されて生きています。目と耳を覆ってしまったとき、残された私たちの身体はしっかりと何かを感じ取ることができるのでしょうか?

松田さんいわく、今まで訪れた方の中で、視覚障害を持つ方はこの家になじむのが比較的早いのだそうです。視覚の代わりに全身から情報を得ているので、身体の感覚が生きているのでしょう。その感覚を体感するために、ここでは目隠しをして室内を歩くイベントも開催されています。

目を閉じることで、身体感覚を目覚めさせる。
身体の持つ無限の可能性を、よみがえらせる。
それは、荒川+ギンズが言うところの“無限に生きる”ための第一歩なのです。

この家には、「使用法」なるものがあります。

「2〜3歳の子どもでもあり、100歳の老人でもあるという者として、この住戸に入ってみましょう」
「少なくとも1日に1回は、真っ暗にした住戸のなかをぶらぶらと歩いてみましょう」
……など、その数は32項目。
そして、最後に「つづく」と書かれています。

「使用法の最後の“つづく”が大切なメッセージです。この家にできるのは半分まで。残りは住んだ人が自分で作っていってほしいというメッセージが込められています」と松田さん。

この使用法に書かれたことを試みる中で、そして自分ならではの使用法を作っていく中で、人は少しずつ身体の力を目覚めさせていくのではないでしょうか。

▲ショートステイプログラムは4日~。これは、1泊や2泊では“スペシャルな体験”になってしまうため。日常的に暮らす中で感じることがきっとあるはず

実際に、住人の方々は、ここに住むことでどのような変化を感じているのでしょうか? その一つ一つの言葉からは、自分の身体と深く会話をした形跡が見て取れます。

「この一見人工的な環境で暮らすことは、森の中で暮らすことに似ているのかもしれません」
「体調が変わって、自分の体ときちんと話せるようになった感じです」
「ここに住むようになって、街に出ると道ばたの花や空の色に目がいくことが多くなりました」
「自然と繋がったときに死なないわけですよ。自然と繋がる、木と繋がる、海と繋がる、空気と繋がる。この大自然と繋がれば、私たちは死なないんですよ。永遠なんですよ」
(ドキュメンタリー映画『死なない子供、荒川修作』より)

あらゆる常識を忘れ、感覚を研ぎ澄ませて、身体を子どもの頃の状態に戻す。眠っている人間本来の力を、目覚めさせる。
その力を、どこまでも広げていく。

心も精神も意識も、全てが“私”という枠の中に収まっているなんてうそ。“私”は人と人の間、時と時の間、場と場の間にまで広がり出して、あらゆるものとつながりながら、外へ外へと世界を作り上げていく。そうして構築される世界は永遠であって、そこに死などは存在しない。

40年以上の歳月をかけて、その世界の実現に取り組んできた荒川修作とマドリン・ギンズ。そして「天命反転住宅」は、二人が心血を注いで作り上げた、死という“天命”を“反転”させるための装置なのです。
 

Reversible Destiny Lofts Mitaka – In Memory of Helen Keller, created in 2005 by Arakawa and Madeline Gins, © 2005 Estate of Madeline Gins.

 

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参考
三鷹天命反転住宅パンフレット(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所 発行)
『荒川修作の軌跡と奇跡』(塚原史著、NTT出版、2009年)
映画『死なない子供、荒川修作』(監督:山岡信貴、制作:リタピクチャル、2010年)

取材協力:三鷹天命反転住宅
所在地:東京都三鷹市大沢2-2-8
賃貸のほか、ショートステイも可能。不定期で見学会も開催されている。
http://www.rdloftsmitaka.com/

M0000OG1738(2017.08新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。