合田教授が説く~幸福になるための第一歩


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ボクとワタシの「幸福論」 第3話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

“情念”をどう自分のパートナーにしていくか

私たち人間は、誰もがとても受動的な存在です。生まれた瞬間から動き出し、自分の外側にある世界、自分以外の人間に“依存”しながら生きています。成長とともに少しずつさまざまな関係を自分の意志で選択するようになりますが、今ある自分という“個”は、膨大な数の関係性によって成り立っているのです。そして、自分と他なるものとの関係は、時に“憎悪”“嫉妬”“不安”“絶望”などの“情念”(理性で抑えきれない感情)を引き起こします。ストア派という哲学は、ここからの脱却(=解脱)を目指しましたが、アランはそうではなく「情念を直視せよ」と言っています。人間は生きていく上で人との関わりが避けられないため、情念と無縁ではいられないのだと。

では、情念をどうやって自分のパートナーにしていくか――これは非常に難しい。そのためには複雑な関係でつくられた自分をしっかり見つめ直し、自分の情念がなぜ起こるのかを“開墾”し、把握していかねばなりません。過去に自分で荒らしてしまった畑を、豊かな関係性が生まれる状態へと耕し、戻していくのです。『幸福論』のちょうど真ん中あたりに「汝自身を知れ」というプロポが入っているのは、そのためなのではないでしょうか。

情念を制御するためには、まず根拠のない想像であれこれ考えるのをやめ、他人に強いられるのでも、逆に他人に強いるのでもなく、自分の正直な意志で能動的に行動すること。そのときに大切なのは、情念を肯定して包み込む、“ほほ笑み”と、外部との衝突を避けながら接するための“礼節”だとアランは考えます。

また、情念は周囲にすぐ“伝染”していきます。私が不機嫌になっていくと、例えばそれが家族に、訪れたレストラン全体に波及していく。皆さんは“インタービーイング”という言葉を聞いたことがありますか? これは「ここにあるとは、ともにあること。宇宙にあるすべてのものは相互に依存し合っている」という仏教の洞察を、西欧諸国にわかりやすく伝えようとしたベトナム出身の仏教者、ティク・ナット・ハン師が作った造語です。『幸福論』は90年以上も前の書物ですが、まるで現代社会が抱えた問題を危ぶんで書かれたかのようです。

一人一人の人間が宇宙の中の複雑な関係で構成されている以上、自然災害、人為的な事故、身体的問題などによって、私という存在がいつどこで破壊されるか、誰も予測することはできません。だから、今ここにあなたが存在して、自ら能動的に行動できるということ自体がミラクル。そして誰もが皆、幸福になるための切符を手にして生きているのです。

※大井玄「老年は海図のない海」8、『みすず』2016年5月号 54頁参照
 

楽観主義と肯定が幸福への第一歩

「果物一個であっても美味しくなるように何か工夫することができる。人間関係についてはなおさらだ。人とのこうしたかかわりは味見をしたり辛抱したりするためにあるのではない。そうではなく自らつくり出すべきものだ。人とのかかわりは、そのときの天気や風向きによって快適だったりそうでなかったりする木陰のようなものではない。それどころか、魔法使いが雨を降らしたりする奇跡のような場所である」。私が好きな『幸福論』のプロポの一節です。

果物はそのまま食べることもできますが、ひと手間かければもっとおいしくなる。あなたと他人との関係も同じこと。地球上に生きる私たちは、実は一人一人の工夫と行動によってかろうじてバランスを保ち、共存できているのです。家庭も、職場も、国家も、世の中に存在するすべての物、空気、生物との関わりもそう。それらとの複雑な関係を正常に維持することがどれほど難しいことか。でも、その難しさをクリアして存在しているあなたには、より快適な関係性を構築する出発点があるということです。共和主義、共和国家を理想とした、アランらしい考え方だと思います。

だから今、何かを感じている自分がどういう存在であるかを考える。どんな立場であっても、あなたが幸福になるためには最低限必要な決心です。その決心をした上で、根拠なく設定された因果関係、例えば「雨が降ってきたら悲しい」といった感情をいったん断ってみる。実際に世の中には雨を待ち望んでいる人もたくさんいます。雨が降ったときに嫌な顔をするのではなく、いったん笑ってみましょう。なかなか難しいですが、非常に大事な行動です。

『幸福論』の最終章の冒頭に「悲観主義は感情で、楽観主義は意志の力による」という言葉があります。何事も否定するのは簡単で、肯定することの方が難しい。アランは、意志の力で“楽観主義者”になることが幸福を呼び寄せる第一歩だと言います。何かしらの情念が生じたら、文句をつけたくなるし、逃げたくなるかもしれません。それでも目の前にいる他者を肯定し、他者を肯定する自分を肯定してみましょう。あなたという複雑な存在が今、このコラムを読んでいることがすでにミラクル。誰一人として、不幸にならなくてはいけない人はいない、ということです。

 

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監修:合田正人
1957年、香川県生まれ。一橋大学社会学部卒業。パリ第8大学哲学科留学。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。琉球大学講師、東京都立大学人文学部助教授を経て、明治大学文学部教授。哲学研究者。思想史家。著書に『レヴィナスを読む』(ちくま学芸文庫)、『ジャンケレヴィッチ』(みすず書房)、『吉本隆明と柄谷行人』(PHP新書)、『心と身体に響く、アランの幸福論』(宝島社)ほか多数。

M0000OG1468(2017.02新)

スマイルすまい編集部

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