合田教授が説く~寒い夜の温かいスープのような本~

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スマイルすまい編集部

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ボクとワタシの「幸福論」 第2話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。

寒い夜に味わう一杯の温かいスープのような書物

アラン「幸福論」の本

私が最初にアランの『幸福論』と出合ったのは20歳の頃のことです。当時は「プロポという形式で難解な哲学が語れるものか」という物足りなさを感じ、最後まで読み通して味わうことができませんでした。しかしその後、自分もさまざまな経験を重ね、多くの人たちと出会い、家族を持つなど責任も増え、40歳を過ぎた頃『幸福論』をふと手に取ったのです。それはほとんど偶然といっていい“再会”でした。そのときに、まったく異質な何かが見えてきたのです。

物足りないどころか、その本質を若い頃の私は理解しようとしていなかったんですね。まさに若気の至りです。『幸福論』に再会してから、一つ一つのプロポをじっくり読み込んでいった結果、小さな言葉の背後にアランの広大な西洋哲学史の知識、自ら志願して従軍した戦争体験、政治活動とその思想などがにじみ出ていることがようやく分かってきました。そして、一人の生活者・人間としてのアランの人柄が絶妙な味付けとなって、文章の美しさを引き立てているということも。

アランは難解な哲学用語を絶対に使わないと決めてプロポを書いています。その点も『幸福論』が幅広い層の人々に長く読み継がれる書物となった理由の一つでしょう。また、『幸福論』のプロポに書かれた登場人物たちは自ら自分を不幸にしてしまった人たちがほとんどです。精神を病んだ人、肉体を病んだ人、依存症の人、なんらかの贖罪(しょくざい)を抱えた人、困窮している人などなど。ちなみに評論家の吉本隆明さんは、「この本は不幸論としても読むことができる」と評しています。

ある機会に私は、『幸福論』を「寒い夜に湯気を立てている一杯の温かいスープのような書物」と例えました。そんな優しさを与えてくれる一方、ある種の人生の過酷さ、人間関係の恐ろしさも教えてくれる一冊です。そもそも幸福とは誰もが味わってみたいと思っているけれど、なかなか料理できない難しい食材のようなもの。そんな難しい境地であるにもかかわらず、現代を生きる私たちと同じく、いつの時代も人間は幸福を追い求めてきました。では、本書『幸福論』は、私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。

喜びは能動的な行動とともにやってくる

「幸福論」の本について語る合田教授

『幸福論』の中でアランは、「不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただ、じっと座って待っていればいいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように」と書いています。確かに、世の中には自分で自分を不幸にしているにもかかわらず、幸福を求めようとしている人が多いように思います。幸福を物のように考えて求めたり、誰かが与えてくれることを期待したりして、結局、さらに不幸になっていく……。

「喜びは行動とともにやってくる」といったフレーズなど、『幸福論』には行動を促すようなメッセージが繰り返し使われています。アランは読者に対して、自分を幸福に近づけたいのなら、何かしらの行動をせよと訴え掛けているのです。実際に、彼は何十年間も毎日、精力的にプロポを書き続けるなど、非常にアクティブな哲学者でした。哲学は考えさせる学問と思われがちですが、アランはある意味それを否定します。 

どんな立場にいても、ほんの小さな前進・抵抗であっても、今ある自分が幸福を引き寄せるために何をすべきなのか一生懸命考え続けるべきだし、できる限り“能動的”に行動することが重要なのだと。悩む前にまず指を動かせ、足を動かせ、体を動かせとアランは言います。そういった意味で、彼は、心と身体の結び付き、両者の同一性を重視した、極めて異質な哲学者であったといえるでしょう。

さて、先述した通り『幸福論』のプロポの多くは、人が陥りやすい不幸のわなを指摘することで、読者に幸福を欲することを示しています。しかし実は、困難も不幸も本当の原因さえ分かれば、多くの場合、対処法はそれほど難しいことではないのです。幸福は与えられるものではなく、自分の“意志”と“努力”と“行動”によってつくり出すもの――。アランが『幸福論』を介して私たちに伝えたかった本質は、ここにあるのだと思います。

監修:合田正人さん

監修:合田正人

1957年、香川県生まれ。一橋大学社会学部卒業。パリ第8大学哲学科留学。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。琉球大学講師、東京都立大学人文学部助教授を経て、明治大学文学部教授。哲学研究者。思想史家。著書に『レヴィナスを読む』(ちくま学芸文庫)、『ジャンケレヴィッチ』(みすず書房)、『吉本隆明と柄谷行人』(PHP新書)、『心と身体に響く、アランの幸福論』(宝島社)ほか多数。

公開日:2017年03月10日

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