サバイバル登山家 服部文祥が語る(後編)「自力でできることは自分でやってみる」


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ボクとワタシの「幸福論」 第16話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ44 「ディオゲネス」 より
行動する楽しみは つねに期待を上回る

岩波文庫『幸福論』より


人生楽しみたいなら、自力でいろいろやってみる
 

登山家・著述家 服部文祥さん
 

“お客さん”の人生はつまらない

都会の中でも、自分の力で生きている実感を持ち続けていたいと思っています。実際にできているのは1、2割くらいかもしれないけれど、普通は人に任せてしまうこととか、お金を払って済ませてしまうことを、できるだけ自分の力でやってみる。そうすることで、生きる喜び、都会で暮らすことで失っている身体感覚みたいなものを取り戻すことができるような気がしています。

都会は確かに生活する上で便利ですが、何か自分が知らない“からくり”にだまされているような居心地の悪さを感じます。本来は自分でするべきことを、何げなくお金で解決して、体験を取り上げられているような……。その体験には価値のある大事なものが隠されていたかもしれない。人生の時間を、ただソファに座って待っている“お客さん”として過ごすのはもったいない。

例えば、自宅の柿の木を切る。植木屋に頼まず、自分でやれば、庭の柿の木が身近になり、出費も抑えられる。毛虫に刺される、手に切りキズをつくるなど、マイナスもあるかもれない。プラスもマイナスも全て体験として自分に返ってくる。体験とは、自分の体が今ここにある事実をとても深く理解させてくれます。ほかにも例えば、朝、庭からつながっている森に、愛犬と散歩に出掛け、穴を掘って大便して、埋めて帰ってくる。僕の排せつ物が森の栄養となり、僕はまた森から何かしら必要なものを取ってくる。僕の幸福論が、庭の先にたくさん詰まっているんですよ(笑)。

感覚=肉体=存在であると僕は思っていて、何でも実際に体験すると、自分以外の世界との境界線がはっきりする感じがして、とてもすがすがしい。与えられた仕組みを全て受け入れるのではなく、「ここは利用する」「ここは利用しない」という部分を自分で判断する。常識を疑って、何かを自分でやってみる。そうすると、「あ、こんなの簡単じゃん」っていう楽しい発見がどんどん出てくるはずです。

山と都会、どちらが自分本来の場所かと聞かれたら、やはり都会ですよね。子どもの頃から横浜でずっと暮らしてきましたし、登山は人生の番外編というか、何かチャレンジ的なものだと自覚しています。山と都会を行き来していて、「戻りたい」って思うのは、長く山にいて、「あーもう都会に戻ってうまいもの食いてえなー」みたいな方が多いですし(笑)。

でも、面白いのは断然、山。イワナを釣り、たき火しながら、長く旅していくっていうのは、子どもの頃から憧れていたことが凝縮されていますからね。面白いし、長くいればいるほど、もっとずっとやっていたいと思う面もある。でも、山旅は完全な循環ではない。お米を持っていかないと続けられないし、やっぱり人生の番外編でしかないのかな。永遠にやっていいと言われても、いつか疲れて、都会に戻りたくなるんでしょうね。

 

体験を増やせば人生は豊かになる

先日、久しぶりにインドに行きました。仲間と一緒にトラウトを釣るのが目的で、外国人が一度も来たことがないような山奥に入り込んでいったわけです。小川の近くのとんでもない急斜面に小さな家がぽつん、ぽつんとあって、そこで人々が暮らしている。その人たちはきっと、そこで一生を過ごすんです。彼らが何を考えているのか、どういうふうに世の中を認識しているのかよく分かりません。ただ、自国の都市部にすら行ったことがない。一度も飛行機に乗ったことがない。ウニの軍艦巻きのうまさを説明しても絶対に理解してくれない(笑)。でも、全然不幸そうには見えない。

このインタビューの話をもらった後だったので、「幸福ってなんだ?」と考えながらインドで釣りしていたのですが、相対的なものじゃないし、絶対的なものでもない。それすらよく分からないんですけど、とにかく、幸福とは何かって考える余裕がある時点で、十分、幸福かもしれないと思ったんですよね。

幸福とは何か? 幸福とはどういうカタチか? きっと誰にもはっきりと分からない。ただ、よく言われることかもしれないけど、究極的にはまず健康であること。健康であれば、自分が幸福と思える状態に向かって努力をすることができるでしょ。たとえ自分がイメージしている幸せな状態になれていなくても、そのイメージに向かって100%努力することができる。健康な体と環境が自分の周りにあれば、それだけでとても幸福だと思います。

これまで真剣にそんなこと考えてこなかったけど、多分、それが結論じゃないかな。でも、自分が自由に選んだ選択肢に向かって努力することができるっていうのは、もしかしたらごく限られた、地球の一部に住むお金持ちだけの特権なのかもしれません。そんなことをインドの山奥で考えさせられました。

『幸福論』のプロポ、「ディオゲネス」を読んで驚きました。「山頂まで電車で運ばれた人は、登山家と同じ太陽を仰ぎ見ることはできない。あてがわれる楽しみが期待どおりであることは決してないのに対し、行動する楽しみは常に期待を上回る」。失礼ながら、登山家でもないのによく分かっていらっしゃる、と(笑)。でも、本当にその通りで、このことを深く考えてない人ってけっこうたくさんいるようです。

人生を楽しみたいのなら、自分の力でいろいろやってみる、行動することです。はやりの映画を観て、笑った、泣いた、その時間も大切だと思うのですが、自分自身の直接的体験を増やし、感情を増やしていくことの方が大事。いろんな体験から、プラス、マイナス、いろんな感情が生まれ、その感情経験が多い人ほど、豊かな人生を歩んでいけると思っています。人生が豊かになったその先に、もしかしたら幸福感が、あるかもしれない、ないかもしれない――と思い、考え、行動しながら、僕は毎日を生きています。

 

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語り手:服部文祥 Bunsho hattri
1969年、横浜市生まれ。94年、東京都立大学フランス文学科(ワンダーフォーゲル部)卒業。オールラウンドに高いレベルで登山を実践し、96年、世界第2位の高峰K2(8611m)登頂。国内では、剱岳・八ツ峰北面、黒部別山東面などに初登攀が数本ある。99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食料を現地調達する「サバイバル登山」を始める。妻と3児と横浜市に在住。山岳雑誌『岳人』の編集部員でもある。『サバイバル登山家』(みすず書房)、『アーバンサバイバル入門』(デコ)、『息子と狩猟に』(新潮社)など著書多数。

M0000OG1824(2017.10新)

スマイルすまい編集部

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