平松洋子が語る(前編)「自分で選んだ、文章を書いて生きていく仕事」

スマイルすまい編集部

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ボクとワタシの「幸福論」 第17話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。

プロポ17 「体操」より
人間は思い通りに考えることはできないが、
鍛錬すれば思い通りに体を動かせるようになる

角川ソフィア文庫 『幸福論』より

大切なのは、必要なものを自分が選んで決めること

エッセイスト 平松洋子

何事も、予定調和が一番つまらない

大学生の頃に、文章を書く仕事を始めました。就職活動は特にせず、就職したことは一度もないんです。組織の中でうまくやれている自分を、どうしてもイメージできなかった。協調性がないわけじゃないんですが(笑)、会社という組織で働くと、自分の意志で選んでいないことにも、仕事として責任を負わなくてはならない。

自分はきっと、そこにプレッシャーや息苦しさを感じるだろうなと。結果的に組織に属さず、書いて生きていく仕事を、自分自身の責任で選んだということだと思います。

以来、物書きを生業として今日まで過ごしてきたわけですが、自分の経験や思いを文章に置き換える仕事って、つくづく思うのは、休みなく考えたり迷ったりし続けることなんだな、ということです。目の前の締め切りの原稿、その次に抱えている取材や執筆、あるいは数カ月先、翌年に取り組みたい仕事など、内容はさまざまですが、それらについていつもぐるぐる考えている。

直接関係ないことでも、どこかでピッと回路がつながったり。と同時に、日々いろんな方にお会いしてお話を伺ったり、本を読んだり、知らない土地に旅をしたり、刺激を受けて学ぶことも大きく、なかなか落ち着きません(笑)。

いろんなものが混然と頭の中にあって、その中の一つを釣り糸で引き上げて書く、そんな感覚かもしれません。言葉で表すのは難しいのですが、その運動によって新しい世界も同時に開けてゆく……というふうに感じています。

頭の中で、つながっていると思ってもみなかったものが相互に働き合う、書く上では、そんなときがいい状態のように思います。どんな仕事もそうだと思うのですが、予定調和が一番つまらないですよね。想定した事柄をなぞっているだけでは面白くない。書くことについて言えば、パソコンに打ち込んだ1行がそのまま自分に返ってくるし、その1行が次の新しい1行を生み出したりもする。

書き終わったとき、「ああ、そういうことだったのか!」と発見があるものが書けたらな、と思うんですが、いやいやそれが難しいわけで。そんな原稿が出来上がったときは楽しいか? うーん……どうでしょうか。楽しさと同じ苦しさがあると思いますが、まさにそれが仕事の面白さなんですよねきっと。

目の前のことを続けていけば大事な仕事になっていく

1日の過ごし方は、だいたい決まっているんです。昔から朝は早起きで、だいたい4時半くらいに起きて、水かおさゆを1杯飲む。ゲロルシュタイナーというすごく硬度の高い天然炭酸水があって、ここ数年はほとんど中毒(笑)。起き抜けにガッと飲むと、細胞が起きる。一気に動きだす感じで。

それから1時間半くらい歩くこともあるし、すぐ仕事するときもあるし、本を読むときも。その日のお天気と自分の状況によって違います。ひと段落したら、連れ合いと朝食を食べ、午前中はちょっとした息抜きを含めて新聞を読んだり、家の掃除をしたり、作り置きのお総菜を作ったり。

その後、自宅のそばにある仕事場に歩いて移動して、原稿執筆を続けます。長く仕事場の中にいるとやっぱり歩きたくなって、“強制的散歩”(笑)と称して買い物へ。近所の本屋さんとか八百屋さんとか、喫茶店にも寄ります。だいたい1時間半くらい。外に出ると結構歩きますし、目も休まる。ちょこちょこ細かくリフレッシュ。かなり地味な毎日です(笑)。

でもね、ストイックとは違うんですよね。自分の体が求めているリズムというか、長い間かけて落ち着いた生活パターン。と同時に、自分なりに見つけた仕事の進め方でもあるんです。必要だから、自分で選んだ――それがすごく大事なことだと思っています。人から見たら4時半起きはストイックに映るかもしれないけれど、気持ちがいいから朝早く起きているだけ。

もう何年も目覚まし時計を使ってませんし、仮に6時近くに目が覚めても「1時間ロスした」じゃなくて、ちょっと疲れ気味だったのかな、と。当たり前ですけど、生活は毎日続くことなので、とにかく無理はしないことにしています。

自分で選んだ生活だから、と思うと何かに責任転嫁することもないですし、結局は自分の責任でやっていることだから、精神的な負荷を覚えることもあんまりないみたいです。「天職が見つからない」という声をよく聞きますが、それが天職かどうか、誰にも分かりませんものね。

目の前のことを続けていけば、いつか大事な仕事になっていく。それでいいんじゃないかな。私にしても、書く仕事を長年続けているけれど、もしかしたら神様は「こいつの天職は他にあるのにな」と言っているかも(笑)。もしそうであったとしても、目の前にあるこの仕事が面白いし、好きだから今日もやるし、明日もやる。それでいいんだと思っています。

語り手:平松洋子

岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。生活文化、文芸など幅広いテーマについて執筆活動を行う。『買えない味』(ちくま文庫)で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。『野蛮な読書』(集英社文庫)で第28回講談社エッセイ賞受賞。著書に『おとなの味』(新潮文庫)、対話集『食べる私』(文藝春秋)、『彼女の家出』(文化出版局)ほか多数。荻窪の本屋Titleにてインタビュー。

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