家が紡ぐ物語 旧白洲邸 武相荘編 第2回


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武相荘を歩く(2)
写真提供:旧白洲邸武相荘

第2次世界大戦敗戦後、あのマッカーサー元帥と対等に渡り合い、日本国憲法成立に携わる中で「従順ならざる唯一の日本人」とGHQに言わしめた白洲次郎。
樺山伯爵家の次女として生まれ、骨董(こっとう)を愛し、着物を愛し、数々の書物を残した「当代随一の目利き」と言われた白洲正子。
白洲夫妻がその後半生を暮らした茅葺き屋根の家が、町田市指定史跡として東京都町田市にのこされています。
その名も「武相荘(ぶあいそう)」。

かつて鶴川村と呼ばれていたこの地域が武蔵国と相模国の境目にあったことに、家主の“無愛想”をかけたといわれるネーミングがキラリと光ります。

荒れ果てていたこの農家を買い取り、3人の子どもたちを連れて白洲夫妻が東京・水道橋から移り住んだのは戦時中であった1943年のこと。
疎開の意味合いに加えて、欧米事情に通じていた次郎が敗戦と食糧難を予想して、農業に専念できる環境を選んだことがその大きな理由だといわれています。
イギリス文化の中で青春時代を送った次郎としては、地方に住んで中央の政治に目を光らせるイギリスの“カントリージェントルマン”を地でいこうとしたのかもしれません。

二人は茅葺き屋根の下でどのように暮らしていたのでしょうか。
白洲流、白洲スタイルと、後世の人々が憧れる暮らしの真髄はどこにあるのでしょうか。
白洲夫妻の気配を感じたくて、旧白洲邸・武相荘に足を運んでみました。
 

今では希少な茅葺きの屋根を見る

柿の木のすぐ脇にある建物は、元々納屋として使われていました。

1階(軒下部分)に並んでいるのは、次郎が愛用していた大工道具や工作機械。
もんぺ姿ではなく、カーキのつなぎに長靴で大工仕事や畑仕事に励んでいたという、スマートな次郎の姿が目に浮かぶようです。

2階へ上がる階段の下では、これまたとぼけた筆跡で「うへの納屋」と書かれた小さな板が目につきます。これは、納屋の2階の鍵のキーチェーンで、次郎の手によるものだそう。

敷地内には次郎作の鍵置き場があちこちにあるので、宝探し気分で見つけてみるのも面白いですね。

2階はバー&ギャラリー 、“Play Fast”として公開されています。
次郎が実際に使っていたというバーカウンターが設置され、次郎愛用のタイプライターや、マッカーサーに贈った椅子のレプリカなどが展示されていました。

ちなみに、“Play Fast(さっさとやれ)”とは、せっかちな上、マナーにうるさかった次郎がゴルフ場でしばしば口にしたという言葉。この“Play Fast”を背中にプリントしたTシャツを作って、自身が常任理事を務めた軽井沢ゴルフ倶楽部で着用したとのこと、厳しさの裏側に見える絶妙なユーモア感覚が次郎の人柄をよく現しています。
このプリントTシャツは受付脇のミュージアムショップで購入できるので、お土産にするのもおすすめです。

レストランと藤棚の先に見える茅葺き屋根は、ミュージアムとして公開されている母屋です。

今ではもう、めったに目にする機会のない茅葺き屋根。緑青を吹いたように苔むしたその屋根は、いつまでも眺めていたいほどに美しいものでした。
とはいえ、茅葺きを維持するのは並大抵のことではありません。
昔は一生に1度といわれた葺き替えも、暖房器具を使うようになった今では湿気などの問題で昔よりも傷みが早く、30年に1度ほどの葺き替えが必要なのだそう。その費用には1500万円ほどかかるとのこと、茅葺き屋根を維持する苦労は想像に難くありません。

1985年に次郎が亡くなった後、子どもたちの間で屋根を瓦葺きにする案も出たそうですが、「私が生きているうちは茅葺きにして」という正子の一言によって、現状維持となったそうです。

正子は「古い農家を改造した葦(よし)葺きの家なら、家そのものが自然と一緒に呼吸しているようなものでしょう。もし私が、ピタッと閉鎖された都会のコンクリートの中で暮らしたら、息苦しくてとても我慢できないと思う。(中略)四季はもちろん、月の出、日の出も気になります。こういうことが欠けると、私は心身ともに具合が悪くなってしまうの。どうも、私のアイデンティティーは自然の方にあるみたい」(『白洲正子“ほんもの”の生活』より)と語っています。

今回、武相荘の取材にあたってお話を聞かせてくださった白洲夫妻の長女・桂子さんは、子どもの頃は、梁(はり)の上を走り回るネズミと、そのネズミを追う青大将を見上げながら眠ったといいます。ご自身の本の中でも「田舎で茅葺き屋根の家に暮らすというのは、世間で言われるほど、素晴らしい日々ではありません。冬の寒さは、家の中でも氷が張るほどでした」(『白洲家の晩ごはん』より)と当時を回想しています。

不便であることも不快であることも全て受け入れながら、自然のリズムに身を任せて生きることを望んだ正子。それは単なるレトロ趣味とは大きく異なる、アイデンティティーレベルでの欲求だったのでしょう。 体の声に耳を傾け、その声に正直であろうとした正子の生きざまが、この茅葺き屋根に最も強く表れているように感じました。

直近の葺き替えは2007年。手掛けたのは、京都美山の若き親方・中野誠さんが率いる職人さんたち。武相荘の公式HPでは、その作業の様子の詳細が紹介されています。
 

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参考
『白洲正子“ほんもの”の生活』 白洲正子、他 新潮社
『白洲次郎・正子の娘が語る 武相荘のひとりごと』 牧山桂子 世界文化社
『白洲家の日々 娘婿が見た次郎と正子』 牧山圭男 新潮社
『次郎と正子 娘が語る素顔の白洲家』 牧山桂子 新潮社
『白洲家の晩ごはん』 牧山桂子 新潮社
『和樂ムック 白洲正子のすべて』小学館
『ゴーギャン2007年7月号 <特集・男が惚れる白洲次郎という男>』東京ニュース通信社

取材協力:旧白洲邸 武相荘
所在地:東京都町田市能ヶ谷7-3-2
開館時間:ミュージアム 10:00~17:00(入館は16:30まで)入館料1050円
※ミュージアムへの入館は中学生以上
ショップ 10:00~17:00
レストラン&カフェ 11:00~20:30(ラストオーダー)
定休日:月曜日(祝日・振替休日は営業)※夏季・冬季休業あり
http://buaiso.com/

M0000OG1598(2017.05新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。