家が紡ぐ物語 岡本太郎編 第4回

家が紡ぐ物語 岡本太郎編 第4回

棚澤明子

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旧岡本太郎邸を訪ねる――建築について

※トップ画像は、岡本太郎(1911~1996) 写真提供:岡本太郎記念館

東京・南青山にある岡本太郎記念館は1954年から96年までの42年間、岡本太郎が暮らした自宅兼アトリエです。「太陽の塔」や「明日の神話」など代表作の構想が生まれたのも、パートナーである敏子との愛を育んだのも、この家でした。コンクリートブロックを積み上げた建物に凸型レンズの屋根を載せた建築は、今見ても斬新なもの。当時のままのサロンやアトリエ、そしてジャングルのような庭から、太郎のエネルギーがあふれ出しています。梅雨の晴れ間、青々と広がる空の下、旧岡本太郎邸(現・岡本太郎記念館)を訪れました。

盟友・坂倉準三が手掛けた家

シンプルかつ斬新なこの建築を手掛けたのは、フランスの建築家ル・コルビュジエの愛弟子、坂倉準三でした。

坂倉は太郎より10歳年上でしたが、2人は留学先のパリで出会い、親しい付き合いがありました。坂倉の下で実際に設計を担当したのは、太郎を敬愛していたという村田豊。細かな指示を出すことは一切なかったという太郎は、2人の建築家のやりとりを面白がって眺めていたようです。

「(坂倉と村田は)ともにル・コルビュジエに師事した前衛、両人とも意固地なほど己を貫く頑固者同士だから、設計中も、工事が始ってからも、遠慮会釈なくぶつかりあって、なかなか面白かった」(岡本太郎記念館パンフレット収録「アクトする空間」より)

このような太郎の言葉からは、アーティスト同士の強い信頼関係が伝わってきます。

この建築は、コンクリートブロックを積んだだけの壁の上に凸レンズ形の屋根を載せるというユニークな工法が大きな話題となりました。これは村田が得意としていた「応力外皮構造」といわれるもの。レンズ部分の上下面の反発力を利用し、柱の間のスパンを大きくとることができるため、吹き抜けの広い空間を作るために適した方法なのだそう。コンクリートブロックの壁は、資材不足に悩まされていたという時代背景にもぴったり。この工法を用いたことで、資材の調達や予算の面で無理をすることなく、「大きな作品のための大きなアトリエを作る」というミッションを果たすことができたのでした。

さらに、太郎が思うままに動き回れるような動線を確保した上で、建築物としても非常に美しい、というベストな結果が生み出されたのです。このような建築物は、当時の常識では考えられないものでした。

応力外皮構造で作られた建物

▲応力外皮構造で作られた建物

窓の上部分に見える屋根が凸レンズ型になっている

▲窓の上部分に見える屋根が凸レンズ型になっているのが分かる

太郎は次のように語っています。

「屋根裏がそのまま天井、壁はむきだしのブロックという、シンプルこの上ないアトリエ。二階まで吹き抜けの、柱の一本もないスペースはひろびろとして動きまわるに十分だ。気に入った。(中略)この中で産み出そうとする色、形、むくむくとあらゆるアクティヴなイマジネーションがふくれあがり、炸裂し、原色がはじけ、凝固するのだ。この無性格さがいい」(前出「アクトする空間」より)

たしかに、この家はきわめてシンプルです。原色があふれる太郎の作品を知った上で訪れると、そのシンプルさに驚かされるほどです。ここで太郎は、時代に挑むような作品をいくつも生み出しました。絵画からパブリックアート、デザイン、建築へと活動の幅が広がり始めたのも、この家が完成する時期と前後しています。この家の計算し尽くされたシンプルさが太郎のイマジネーションを刺激した、という一面もあるのではないでしょうか。

また、太郎は「家」というものについて、次のようにも書き残しています。
「私はマイホーム反対論者だ。住み心地の良さよりも、その中でヤタラに闘いたくなるような、むしろ残酷な空間が好きなのだ。(中略)人間と生活環境とは互いに、つっ放し、つっ放され、精神的な緊張を持続する。私はそんな風に対決しながら生活しているし、今後もしたいと思っている」(前出「アクトする空間」より)

「芸術は爆発だ」という名言を残した太郎。彼にとって、この家はまさに芸術を爆発させるのにふさわしい場所だったのかもしれません。

参考資料
岡本太郎記念館ホームページ http://www.taro-okamoto.or.jp
坂倉建築研究所ホームページ http://www.sakakura.co.jp
岡本太郎記念館パンフレット収録・エッセイ「アクトする空間」
『恋愛芸術家』岡本敏子著(マガジンハウス)
『岡本太郎の遊ぶ心』岡本敏子著(講談社)
『CasaBRUTUS特別編集 新説・あなたの知らない岡本太郎』(マガジンハウス)
『もっと知りたい岡本太郎 生涯と作品』佐々木秀憲著(東京美術)
『太郎さんとカラス』岡本敏子著(アートン)

取材協力:岡本太郎記念館

所在地:東京都港区南青山6-1-19
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで) 入館料:一般620円、小学生310円
休館日:火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始および保守点検日

公開日:2017年12月08日

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棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。

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