春光院 川上全龍が語る(前編)「利他の精神、慈悲の心を育むマインドフルネス」


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ボクとワタシの「幸福論」 第9話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ1 「名馬 ブケファロス」 より
ピンを探しなさい

白水社『幸福論』より

 

春光院 副住職 川上全龍さん

現代版にアップデートされた仏教の教え

かのスティーブ・ジョブズが禅の思想を崇拝し、米国グーグル社が社員研修に「マインドフルネス」を取り入れたことなどもあって、世界のエリートたちが座禅・瞑想(めいそう)に注目しています。私は京都にある春光院というお寺の5代目として生まれ、2006年頃から外国人旅行者の方々を対象とした英語による座禅レッスンを始めました。そして今、当院の副住職を務める傍ら、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学のビジネススクールの学生、グローバル企業の経営者などから依頼され、年間約5000人の方々に禅の指導をしています。

そもそも、マインドフルネスとは何なのでしょうか? 簡単に言うと、自分の内面で起こっている事柄に気付き、それを客観的に見つめ直すことで心の状態を整え、より自制心や創造性を発揮しやすい状態をつくるエクササイズです。とりわけ仏教、中でも上座部仏教や禅宗が行ってきた「瞑想」の効果を、最先端の脳科学の知見で証明しながら、現代の人々に合うようにつくり直した脳のトレーニングと捉えてもらうといいでしょう。そういった意味で、マインドフルネスは、現代版にアップデートされた仏教哲学といえますね。

世界で仏教思想が見直されるようになった最近のきっかけは、2008年のリーマンショックです。それ以前、欧米では、西洋哲学がベースの実践主義、資本主義が絶対で、ほとんどの企業が利益を追求しながら“勝ち組”をひたすら目指していました。“負け組”なんて知らないよ、と。しかし、特定の一社が自社利益のためだけにむやみに突っ走った結果、社会全体に甚大な損失をもたらしてしまった。ここに危機感を持ったグローバル企業、特にシリコンバレーの経営者たちが、西洋哲学にはないアジアの考え方にヒントを探し始めます。その時に彼らが注目したのが、仏教用語の「一如」「真如」という思想でした。

私は最近「Oneness(ワンネス)」という言葉を使いますが、社会全体が不幸であれば、個人も幸せにはなれません。考えてみてください。例えば今日、あなたが食べた朝食のさまざまな食材を育てたり、加工したり、運んだりしてくれた人の数はいったい何人に上るのでしょう。あなたという一人の個人は、実は独立した存在ではないのです。たった一人の行動が、社会全体に何らかの影響を与えているし、その影響はいつか必ず自分にも返ってくる。国連が掲げた「SDGs=持続可能な開発目標」もそうですが、世界は今、「自分が、自分が」ではなく、誰もが幸せになれる社会の構築を目指しています。地球全体に生じる相互作用を考えた一人一人の行動が、これまで以上に大切になっているのです。
 

全体がうまく相互作用して初めて物事が機能する

私たちはとっさに、“良い・悪い”の判断をしがちです。なぜか? 人間の脳には固定概念という“バイアス”で無駄を省き、効率を求める性質があるからです。昨今、ビッグデータ解析技術の急速な向上により、パソコンやスマホを開くたびに、意外と正確でさまざまな「あなたへのおすすめ」のお知らせが届きます。それら以外にも毎日、私たちは多くの情報をやり取りし、判断する必要に追われ、自分の頭や心で考えることに疲弊している。大局的に物事を見たり、時間軸をもって考えることを、便利な仕組みによって放棄させられているように感じます。

こんな話があります。1920年代、米国のイエローストン国立公園で、最後の野生オオカミが殺され、絶滅危惧種になりました。オオカミは家畜を襲うために人間の手で全て駆除されてしまったのです。すると公園内の生態系が崩れ始め、オオカミに攻撃される危険が減ったエルク(ヘラジカ)が急激に増えて、公園内の植物を食べつくしたり、オオカミの次に肉食であるコヨーテが増えて、アカキツネなどが減る事態になってしまったのです。そこで、1995年にあらためてオオカミを公園内に戻したところ、最近になってやっとまたいろいろな動植物が戻りつつあるのだとか。これは、目の前で起こっている事象や、単純な白黒だけに惑わされず、客観的な視点で判断することの重要性を教えてくれるよい事例です。

全体がうまく相互作用して初めて物事が機能するのは、自然界も私たちの社会も同じなのです。あなたも私も、社会全体を構成している一人。マインドフルネスには、集中力や“自己認知力”を高めてくれる効果があります。自分自身の心のありようを客観的に把握できるようになれば、ストレスから解放されて、さまざまな感情がコントロールしやすくなります。すると、少しずつ主観やエゴが減っていき、共感力が強くなり、他者を認められるようになる。そんな利他の精神と慈悲の心が、自分と社会の両方を幸福に導いてくれます。全てのものはつながって、相互に影響し合っているのですから。

 


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語り手:川上全龍
1978年、京都府生まれ。2004年、米国アリゾナ州立大学・宗教学科卒業。06年、春光院にて訪日観光客を対象に英語での座禅会を始める。07年、春光院副住職に。08年より米日財団日米リーダーシップ・プログラムのメンバー。12年よりトヨタ自動車にておもてなし研修の講師を務める。現在、ハーバード、MITなどのビジネススクールの学生、グローバル企業のCEOを含む年5000人に禅の指導を行うほか、春光院での同性婚支援など、LGBT問題にも取り組んでいる。近著に『世界中のトップエリートが集う禅の教室』(KADOKAWA)がある。

M0000OG1661(2017.07新)

スマイルすまい編集部

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