気仙沼ニッティング 御手洗瑞子が語る(後編) 「つらいときには、黙々と体を動かす」


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ボクとワタシの「幸福論」 第8話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ3 「悲しいマリー」より
幸福でいることには意志の力が働いている

集英社文庫『幸福論』より


意志を持って動き出せば幸せが近づいてくる
 

株式会社気仙沼ニッティング
代表取締役社長 御手洗瑞子さん

 

人に大切にされること

先日、気仙沼ニッティングの展示販売会で、あるお客さまからこんなことを言われました。「自分のために、誰かが何かしてくれるということが、すごくうれしいし、ぜいたくに感じるんです。ニットを編んでもらうって、その最たるものですよね」と。心の中でそう思われている方はたくさんいると思うのですが、言葉にしてお話しいただいたのは初めてで、なんて正直な方だろうと思いました。人間は社会的動物ですから、やはり「誰かに何かしてもらう」ということには、特別なうれしさを感じるのだと思います。大量生産の商品を購入するのとは、別種のうれしさです。

私は、気仙沼ニッティングを始める前はブータンという国の政府で働いていました。「幸せの国」としてご存じの方も多いかもしれません。そのブータンは、いまでも正装のときは民族衣装を着ます。ブータンの民族衣装は、男性用は「ゴ」、女性用は「キラ」と呼ばれていて、日本の着物にも少し似ています。職場などで日常的に着るものは機械織りがほとんどですが、女性の多くは、一着は手織りの「キラ」を持っていて、お祭りなど特別な日にまといます。手織りで複雑な刺しゅうが入っている「キラ」は、とても美しいのですが、織るのが大変で、職人さんが1年以上かけて仕上げることもあります。そのため大変高価で、1反の価格がブータン人の平均的な年収以上になることもあります。それでも、みんな一着は手織りのキラを欲しいと思っています。美しさはもちろんのこと、そうやって職人さんが手間をかけて織ってくれたものを自分が身に着けられる、ということに特別のうれしさがあるのだと思います。

気仙沼ニッティングを始めてしばらくたったころのことです。お客さまから、こんなお話を伺いました。ある日気仙沼ニッティングのセーター「エチュード」を着て実家に帰省したところ、お母さまに「あらあなた、いいセーター着ているじゃない」と褒められたとのこと。母親に着ているものを褒められたのは生まれて初めてだ、と驚きつつ、喜んでいらっしゃいました。それを聞いて、私たちもとてもうれしくなりました。うちのセーターを着る人が、「あぁ、自分は大切にされているなぁ」という気持ちになってもらえたらいいなと、いつも思っています。編み手さんたちも、それを願いながら編んでいます。手編みには、着る人がそう感じられる力があると思うのです。
 

つらいときには、黙々と体を動かしてみる

当たり前ですが、生きているとつらいことや悲しいこともあります。仕事上の失敗だったら、「どう回復しようか」と考えて頑張ることもできますが、例えば、誰かがいなくなってしまったときの悲しさや寂しさなどは、どうしようもないものがあります。私の場合は、悲しいときは無理に考えを変えようとするのではなく、少しだけ行動を変えてみるようにします。明るい気持ちではなくても、まず口角を上げて笑顔を作ってみるとか。そうすると、気持ちが笑顔に引っ張られていきます。

気持ちや考えというものは、自分の頭の中だけで起こっているのではなく、けっこう体に支配されていると感じます。例えば、もんもんと悩んだり、気持ちがネガティブになっているときは、「もしかして、私はおなかが減っているのではないか」と疑います。そして、もしおなかが空いていたら「まずご飯を食べて、それから続きを考えよう」ということにします。温かい食事でおなかを満たすと、けっこう考えが明るい方向に行ったりするのですよ。単純でお恥ずかしい話ですが、そういうことってわりとあるのではないでしょうか。気分が悲しくなっているときに、「明るい方向に考えを変える」というのは難しいものです。でも、何か行動することはできます。黙々と歩くとか、湯船につかるとか、おいしい食事を取るとか。そうやって体の調子を整えていくと、自然と考えも前向きになっていくということがあるように思います。

気仙沼ニッティングの編み手さんたちは、東日本大震災で被災をしている人たちが多くいます。震災後、編み手さんたちはセーターを編む仕事に没頭しました。黙々と手を動かし、編み続ける。もちろん、いいセーターを編んでお客さまに喜んでもらいたいという気持ちがあります。でもそれだけでなく、それぞれに悲しみを抱えた状況において、手を動かすという行為そのものが、編み手さんたちの心を助けたのかもしれません。

 

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写真:志鎌康平
語り手:御手洗瑞子
1985年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間、ブータン政府の初代首相フェローに就任、現地にて産業育成に従事。東日本大震災後の12年、宮城県気仙沼市で、高品質の手編みセーターやカーディガンを届ける「気仙沼ニッティング」の事業を立ち上げる。13年に法人化し、現職。 著書に『ブータン、これでいいのだ』『気仙沼ニッティング物語-いいものを編む会社-』(共に新潮社)がある。好きなものは、温泉と日なたとおいしい和食。気仙沼港を見下ろす高台に、気仙沼ニッティングの店「メモリーズ」があり、土日のみセーターを手に取り購入できる。

M0000OG1602(2017.05新)

スマイルすまい編集部

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