気仙沼ニッティング 御手洗瑞子が語る(前編) 「ブータンの幸せ、気仙沼の幸せ」


第6話はこちら ┃ 第8話はこちら

ボクとワタシの「幸福論」 第7話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ3 「悲しいマリー」より
幸福でいることには意志の力が働いている

集英社文庫『幸福論』より


働いて、糧を得て、暮らしていける幸せ
 

株式会社気仙沼ニッティング
代表取締役社長 御手洗瑞子さん

 

人は、「ありがとう」と言うだけでなく、「ありがとう」と言われたい

私は宮城県気仙沼市で、気仙沼ニッティングという手編みニットの会社を経営しています。東日本大震災後の東北で、働く人が「誇り」を持てる仕事をつくろうと立ち上げた会社です。地域の女性たちが手編みのセーターやカーディガンを編み、全国のお客さまにお届けしています。毛糸作りから始め、編み物作家の三國万里子さんがデザインしています。価格は決して安くないですが、おかげさまで、多くのお客さんに喜んでいただいています。

2011年に東日本大震災が起こったときは、日本中、世界中の人が心を痛めたと思います。被災した人たちを少しでも助けようと、寄付やボランティアなどたくさんの支援もありました。それは、当時被災地の人たちの大きな支えになったと思います。ただ、被災した地域の人たちにとっても、ずっと「もらう」立場だけで生きていくのは、なかなか大変なことです。やっぱり人は、「ありがとう」と言うだけでなく、「ありがとう」と言われたい。人に感謝されることで、自分の存在意義を感じたり、自尊心を持てたりすることも、多いと思うのです。この地域の人たちが胸を張って生きていかれるように、人に喜ばれる仕事をつくろうと考えました。
 

ブータンの幸せ、気仙沼の幸せ

私は気仙沼に来る前、ブータンという国の政府で働いていました。ブータンといえば、GNH(国民総幸福量)を国の指針に掲げる「幸せの国」としてご存じの方も多いかもしれません。ブータンは、ヒマラヤ山脈の中にある、人口70万人ほどの小さな国です。私が住んでいた首都ティンプーも、標高が2300メートルありました。空気は薄いですし、冬は寒いです。天候が劇的に変化することもあります。国内を少し移動するにも、険しい山を越えなくてはいけません。景色は美しいですが、生活するには厳しい自然環境です。 そんな環境で暮らすブータンの人たちは、私たち日本人に比べ、「人間には“どうしようもできない”ことがたくさんある」ということを自然に受け入れているように見えました。失敗したり、思い通りにならないことがあると、日本人は「なんでもっと上手にできなかったんだろう」と自分を責めがちですよね。でもブータンの人たちは「しょうがない。起こったことを受け入れよう」と割り切ります。これは、心を楽にするコツだと思いました。

また、日本とブータンでは、幸せについての考え方も違います。日本人は、「幸せであることは大切です」と言われたら、「あぁ、私は幸せだろうか」とか「幸せにならなきゃ」と、自分の幸せについて考える人が多いですよね。でも、ブータンの人は違うんです。とっさに「私の家族や友人はみんな幸せだろうか」「周りの人たちの幸せのために、私にできることはないか」と考えます。人のためにできることをやり、周りが健康に楽しく暮らしているのを見て、ほっとし満足する。その状態が幸せだと考えている。童話『青い鳥』ではないですが、自分の幸せというのは、求めだすと分からなくなってしまうように思います。でも、人のためにできることというのは、案外多い。みんなが周りの人の幸せのことを考えて動くというのもまた、幸せであるための知恵かもしれませんね。

いま私が住んでいる気仙沼もまた、幸せ上手な人が多い地域だと思います。気仙沼は遠洋漁業で栄えてきた町です。大きな船を造り、魚を追って世界の海を股に掛け、時には南米やヨーロッパ沖まで行って漁をします。遠洋漁業は、漁業の中でも最もハイリスク・ハイリターンであるとも言えるのではないでしょうか。気仙沼は漁業のおかげで栄えてきた街ですが、その仕事は危険と隣り合わせでもあります。そんな気仙沼の人たちは、「海は、自分たちに大きな恵みを与えてくれるものであり、時には人の命を奪うものでもある」ということを自然と受け止めているように見えます。

私は、東日本大震災後に気仙沼に来ました。津波により、突然大切な人を亡くしてしまった人もたくさんいる状況でした。そんな極限に大変な状況で、気仙沼の人たちが、自らの力で心を穏やかに前向きにしていくのを目の当たりにし、その強さに衝撃を受けました。どれだけ悲しんでも悲しみきれないくらい大変な状況だったと思うのです。でも気仙沼の人たちは、悲しみを心で感じながらも、口角を上げて笑顔でいる。明るく冗談を言い、笑う。いまの自分にできることを、ひたすらに頑張る。気仙沼ニッティングで編み手さんの集まる「編み会」は、立ち上げた当初から、いつも明るく笑いにあふれていました。取材に来た記者さんたちには驚かれ、お客さんたちは口々に「かえって元気をもらいました」と言いました。気仙沼の人たちは、笑顔でいることが、前向きな行動をすることが、自分の心を明るくしていくと、知っていたのだと思います。「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」というアランの言葉を体現していました。

 

第6話はこちら ┃ 第8話はこちら

写真:志鎌康平
語り手:御手洗瑞子
1985年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間、ブータン政府の初代首相フェローに就任、現地にて産業育成に従事。東日本大震災後の12年、宮城県気仙沼市で、高品質の手編みセーターやカーディガンを届ける「気仙沼ニッティング」の事業を立ち上げる。13年に法人化し、現職。 著書に『ブータン、これでいいのだ』『気仙沼ニッティング物語-いいものを編む会社-』(共に新潮社)がある。好きなものは、温泉と日なたとおいしい和食。気仙沼港を見下ろす高台に、気仙沼ニッティングの店「メモリーズ」があり、土日のみセーターを手に取り購入できる。

M0000OG1601(2017.05新)

スマイルすまい編集部

スマイルすまい編集部

暮らしがちょっとすてきになるアイデアや、住まい選びのヒントになるような記事を、心を込めてお届けしている編集部です。 ふとした時に思い出してもらえる、気軽に訪れてほんの少し幸せな気分になってもらえる、そんなサイトを目指しています。