稲垣えみ子が語る(後編) 「“寂しい生活”を満喫したら将来不安が消えた」


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ボクとワタシの「幸福論」 第14話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

人は幸福になることはできない。
でも、他人を幸福にすることはできる。

稲垣えみ子

 

元新聞記者  稲垣えみ子さん
 

幸せの概念はシンプルなものであるはず

アランの『幸福論』を手に取ってみましたが、正直、私には難し過ぎて……。いやー、アラン、考え過ぎなんじゃ?みたいな気が(笑)。で、めげそうになって後ろの解説を見たら、最後の3つくらい読めばいいと……。それ、最初に言ってほしかったです(笑)。

で、その助言の通りに最後のプロポ3つを読んだら、なんだかふに落ちました。アランはきっと、幸せになりたいなんて安易に口にして、それがかなわないからと不満を募らせる人たちへの怒りがあったんじゃないか。何もしてないじゃないかと。幸せになるためには、必死になって火の玉のように努力をするべきじゃないかと。それは私も分かります。そうだなと思う。

でもね、幸福論、つまりは「幸福とは何か」あるいは「幸福になるにはどうしたらいいか」というものが本当にあるとすれば、それはもっとシンプルなものであってほしいと思いたいんですね。

で、せんえつながらアランに対抗して勝手に幸福論を作ってみました。今の私にとっての幸福論はただ一つなんです。「人は、自分を幸せにすることはできないけれど、他人を幸せにすることはできる」。これだけです。どうしてそう思うかというと、それは私が必死につかみ取った現実なんです。前編でお話ししたように、会社を辞めて自分の生活を小さく小さくするしかなくなって、その結果街の人たちを頼りに生きるようになって、いろんなお店できちんとお金を使うように心掛けたり、近所の人と一生懸命会話したりするようになった。それって、相手を幸福にする行為なんだと思うんですよ。で、そうすると驚いたことに、相手の方から何か「いいこと」が返ってくる。

具体的に言うと、物をもらう、とか(笑)。ほかにも、何かの折に親切にされたり、人を紹介してもらって付き合いが広がったり。結局、人を喜ばせると、テニスの“壁打ち”みたいな感じで、いいことが返ってくるんです。一方的な親切のしっ放しってことは、どうもないようなんですね。例えば、私が大好きな近所のおいしいお豆腐屋さん。しょっちゅう買い物をするし、世間話もするし、夫婦げんかの愚痴も聞いて(笑)、ここの豆腐が好きなんだってこともさりげなく伝える。そしたら「余ったから」っておまけをくれるのはもちろん、そのうちに立派なタイのアラをもらったり、お米をもらったり。お豆腐は150円なのに!

で、そうなのか、こうやって生きていけばいいじゃないかとすごく勇気が湧いてきたんです。誰もが自分を評価してほしい、承認されたいと思っている。もちろん私もそうです。でも人って残念ながら、頑張ったからといって思うように評価が得られるとは限らない。だからすごくがっかりするし、生きることが嫌になったりしてしまう。でも誰かを褒めたり、親切にしたりすることは誰だってできるじゃないですか。だから大丈夫なんです。いいことが反射のように返ってくることが分かってくると、これがものすごく面白くなってきて、いかに相手が喜ぶことをしようかって、いつも考えるようになりました。
 

今日一日が無事に終わればそれで大満足

昔の私には、常に足りないものがあって、お金だったり、物だったり、周囲の評価だったり、それらをなんとかして手に入れるために、かなり無理していた気がします。でも、それを全部やめてこの生活を始めたときに、実は自分に足りないものなんて別にない、十分足りているんだと思えるようになりました。

それは、とてつもない開放感でした。そして、その瞬間から、お金も電気も物も、すべてが余り始めた。最近よく考えるんですが、みんなお金持ちになりたいと思っているけれど、金持ちと貧乏に絶対的な線引きなんかなくて、お金が少しでも余っていると思っている人はお金持ち、足りないと思ってる人は貧乏だと思うんですよ。だから今の私は、収入は激減しても、すごいお金持ちです(笑)。近所のいろんなお店と仲良くなって、もうしょっちゅうおまけとかもらって、時には使ったお金よりもおまけの方がいいものだったりして、お金、全然減らないよ!みたいな感じなんですよ(笑)。

私、こんな世界があるっていうこと、会社を辞めるまでずっと知らなかったから、本当にびっくりしました。で、1人でびっくりしていてもよかったんですけど、こういう生活スタイルがあることを今知ってもらった方がいい気がして、『寂しい生活』という本を書きました。

日本はこれから未曾有の少子高齢化時代に突入し、いろんなものが絶対的に足りなくなります。しかも、昔みたいな経済成長が再び始まるなんていうことは無理だと思います。つまり、10年後はどうなるかなんて誰にも分からない時代ですが、絶対確実なことが一つあって、それはみんなどんどんお金がなくなっていくということです。だからみんな不安で、すごくギスギスした社会になってきている。

そんな時代に、あれも足りない、これも足りない、あれも欲しい、これも欲しいという価値観のままでいると、確実に不幸になってしまいます。なぜなら、その欲望が満たされる確率はあまりにも低いからです。

私もずっと将来が不安でした。人生が怖かった。でも“寂しい生活”を満喫できることが分かって、生まれて初めて不安から解放されたんです。足りないものがない。だから将来の目標もありません。「稲垣さんこれからどうしたいんですか?」と聞かれることがあるんですが、これからも何も、私は今がベストなんです。もちろん、駄目なこと、できないこともたくさんある。生きていればうまくいかないことだらけ。でもそういう中を一生懸命乗り切っていこうと日々頑張るしかないし、それを積み重ねていけば十分なんだと思えるようになりました。

私が!私が!じゃなくて、隣人が幸せになれば自然に私も幸せになるって、そんなことが実践できるのは、よほどの聖人君子じゃなきゃ無理だと思っていたけど、俗人の自分にもできました(笑)。分かりやすく現実的で、誰にも可能な幸福への第一歩だと思うんですが、どうでしょう。

 

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語り手:稲垣えみ子
1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。

M0000OG1857(2017.10新)

スマイルすまい編集部

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