春光院 川上全龍が語る(後編)「続いていく未来を思えば、誰もがやさしくなれるはず」


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ボクとワタシの「幸福論」 第10話

「幸せだから笑うのではない。むしろ笑うから幸せなのだ」
こんな味わい深い言葉を新聞にプロポ(短めのコラム)として、毎日のように書き残した哲学者アラン。
そのプロポから幸福について書いた言葉だけを集めたものが、『幸福論』です。
「幸せ」をテーマに、さまざまな分野に取り組む人が、その人の『幸福論』を語ってくれる連載です。
 

プロポ1 「名馬 ブケファロス」 より
ピンを探しなさい

白水社『幸福論』より

 

春光院 副住職 川上全龍さん

脳科学で証明された瞑想(めいそう)の効用

アランの『幸福論』のプロポ「名馬ブケファロス」に書かれている内容には、マインドフルネスの教えと似ているポイントがいくつか見受けられます。例えばこんな一節です。アレクサンドロス大王が若かった頃、ブケファロスという名馬を献上されました。ただ、どんな乗馬の名手も乗りこなせなかったため「性悪な馬」と言われていたそうです。しかしアレクサンドロスは、馬が“自分の影”におびえていることに気付きます。おびえて跳ねると、影も跳ねるのできりがない。そこで、鼻面を取って太陽に向け、押さえてやると馬は安心しおとなしくなった。

アレクサンドロスがこの馬のおびえを取り除き、手なずけることができたのは、「性悪な馬」といううわさをうのみにせず、馬が暴れる様子や目線などをしっかりと捉え、解決方法を見つけてすぐに行動したからです。自分が置かれた状態を知り、全体を見て、バイアスに流されず慈悲の心で行動する。これこそがマインドフルネスがもたらしてくれるもの。ストレスがたまった状態でいると全体が見えづらくなるのは、負の感情に意識が引っ張られやすいからです。座禅・瞑想がストレスを減らしてくれることは、脳科学の世界でも証明されています。息を吸う時には緊張を誘う交感神経を、息を吐く時にはリラックスをつかさどる副交感神経を使う。だから、吐く息を長くするだけで、自然とリラックスできるのです。

瞑想の基本は、「調身」「調息」「調心」です。まずは酸素が体に入ってきやすいように背筋をしっかり伸ばし、深い呼吸をしてみましょう。そして、5秒かけて息を吸って、10秒かけてゆっくりと吐く。調身、調息で体がリラックスすると、心も徐々に整っていきます。忙しい方は、通勤時間や食事の前など、数分の瞑想でも十分効果が得られると思います。あとは、その時間を徐々に伸ばしていけばいい。ただし、瞑想をすると決めた時間の間は自分を律して中断しないこと。最初は集中が途切れ、呼吸のコントロールを忘れることもあるかもしれません。それに気付いたら、ほかの感情を断ち切り、呼吸に戻る。自我を忘れて、ただ呼吸に意識を集中させる。それでいいのです。
 

バイアスのない子どもの心は美しい

私がマインドフルネスや坐禅・瞑想を啓蒙(けいもう)する活動を続けているのは、関わった全ての人たちに幸せになってほしいからです。例えば、日本の幸福度ランキングは世界で51番目ですが、これを10番以内にもっていきたいと思っています。ただし、それが数年で達成できるなどとは思っていません。30年後、50年後、もしくは私が死んでしまったあとでもいい。いつの日か、「川上全龍は正しかったよね」と言われたら満足です。だから、今、バッシングされたとしてもまったく気になりません。ゴッホが生きていたとき、まったく彼の絵は評価されませんでしたが、今では世界で一番価値ある絵になっていますでしょう。

京都で約400年続く窯元、「朝日焼」の十六世・松林豊斎さんの父上がよくおっしゃっていました。「この仕事は“先祖”から預かったものではない。“子孫”から預かっているものや」と。京都には、ほかの地域に比べてそんな時間軸で物事を考える経営者が多いと思います。続くことを大前提とし、次代の幸せを願って行動すると、自然とガードが下がる。自分だけがうまくいけばというエゴが消え去り、利他の精神で考え、動くようになる。ただ未来は誰にも予測できないので、誰だって本当は怖いです。だから立ち止まって自分を整え、大局観で物事を判断しなければいけない。これもマインドフルネスで培ってほしい思考なのですが、もともと京都の経営者の多くには、それが備わっているようです。

先日、海外からある著名人のご家族が、座禅をするため春光院に来られました。するとうちの娘が、その方の娘さんとすぐに打ち解けて、ワイワイと遊び始めたんですよ。国籍も立場もまったく関係なく、すぐに仲良くなれる娘の姿を見て、親として幸せな気持ちになれましたし、誇らしくも思えました。小さな子どもが、ジョン・レノンの『イマジン』の世界を目の前で実践して見せてくれたのです。誰にやり方を教えてもらったわけでもないのに、どんどん笑顔でつながって、初対面の人と一緒に時間を楽しむことができる子どもってすごい。娘から何かとても大切なことを教えられた気がしました。今、私たち大人は、何のバイアスも感じなかった子ども時代の心を取り戻す必要があるのではないでしょうか。

 

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語り手:川上全龍
1978年、京都府生まれ。2004年、米国アリゾナ州立大学・宗教学科卒業。06年、春光院にて訪日観光客を対象に英語での座禅会を始める。07年、春光院副住職に。08年より米日財団日米リーダーシップ・プログラムのメンバー。12年よりトヨタ自動車にておもてなし研修の講師を務める。現在、ハーバード、MITなどのビジネススクールの学生、グローバル企業のCEOを含む年5000人に禅の指導を行うほか、春光院での同性婚支援など、LGBT問題にも取り組んでいる。近著に『世界中のトップエリートが集う禅の教室』(KADOKAWA)がある。

M0000OG1662(2017.07新)

スマイルすまい編集部

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