家が紡ぐ物語 石井桃子編 第1回


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かつら文庫を訪ねて(1)

クマのプーさん、ピーターラビット、うさこちゃん。
幼い頃、私たちのすぐそばにいた仲間たちは、みんな石井桃子にそっと手を引かれてやってきました。
表紙に記されていた「いしいももこ やく」という字面の優しく、柔らかな気配。
「いしいももこ」と書いてあれば面白いに違いない、と信じていた幼い日の自分。
親になり、わが子へ読み聞かせる番になって「いしいももこ」と再会した日の感慨。
それらは、生まれ育った場所や時期が違っても、私たちの多くが心の奥底にひっそりと抱き続けている記憶なのではないでしょうか。
101年の生涯を通して200冊以上の児童書を世に送り出した翻訳家であり、編集者であり、作家でもあった石井桃子とは、いったいどのような女性だったのでしょう。
その人生をひもとくため、東京都杉並区にある「かつら文庫」(旧石井桃子邸)を訪ねてみることにしました。

 

自宅を開放して作られた小さな私設図書館

よく晴れた真夏の昼下がり、かつら文庫を訪れました。
住宅街の真ん中で、すっかり周囲の風景に溶け込んでいるかつら文庫。
石井桃子が長い間暮らし、たくさんの絵本・児童文学が生まれた場所であることは、近寄ってみなければ分かりません。
目立つことが嫌いだった、という桃子らしさが感じられるたたずまいです。
玄関の脇には、「かつら文庫」という名前の由来になった月桂樹(げっけいじゅ)が、青々とした葉を茂らせていました。

小さな玄関から中に入ると、そこには子どもの世界が広がっていました。
小さなテーブル、小さな椅子。
数え切れないほどの懐かしい絵本。
ああ、私はここにいていいのだ、ここで安心していればいいのだ、無条件で受け入れられているのだ――。
足を踏み入れるなり、そのような感覚にとらわれ、自分の中の何かがほどけていくように感じました。
温かく、清潔で、絶対的に守られていて、わくわくするような未知の世界への扉が隠されている子どもの世界。
ここは大人もまた、自分の中に住んでいる“子ども”を安心して解放できる場所なのかもしれません。

玄関から入ってすぐの部屋には、主に小さな子どもたちの本が並んでいます。
かつら文庫のシンボルである月桂樹が、窓の外から子どもたちを見守っているようです。

▲窓の向こうに見える木が月桂樹

そして奥の部屋には、少し大きな子どもたちの本が並びます。
この部屋では、おはなし会やひなまつり、クリスマス会などの行事も行われます。

手書きの「お名まえカード」。
来館したら登録してある自分のカードを抜き出して、右下の「きょうきたひと」のポケットへ入れます。
開館当初から、1人1人が読んでいる本を覚えておいてその好みを把握し、その子が気に入りそうな本を提案してあげるなど、きめ細やかな対応をしています。

ブックエンドにもぬくもりが感じられます。

椅子は、桃子が知人のインテリアデザイナー、剣持勇にデザインを依頼したもの。
座面を張り替えながら、今でもかつら文庫で大切に使われています。
派手なものを好まず、良いものを長く丁寧に使うことをモットーとした桃子らしいセレクトです。

石井桃子が自宅を開放し、この小さな図書館を作ったのは、今から60年近くも前、1958年のことです。

 

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参考資料
『ひみつの王国 評伝 石井桃子』尾崎真理子著(新潮社)
『とんぼの本 石井桃子のことば』(新潮社)
『家と庭と犬とねこ』石井桃子著(河出書房新社)
『別冊こどもとしょかん かつら文庫の50年』(東京子ども図書館)


取材協力:公益財団法人東京子ども図書館
かつら文庫所在地:東京都杉並区荻窪3-37-11
◆子どもの利用
第1~4土曜日(祝日、夏期・冬期の特別休館を除く) 14:00~17:00
◆大人の利用
原則火曜・木曜(祝日を除く) 13:00~16:00 案内料500円がかかります
※東京子ども図書館へ事前の確認が必要。詳しくはお問い合わせください(03-3565-7711)
http://www.tcl.or.jp/

M0000OG1858(2017.10新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。