家が紡ぐ物語 林芙美子編 第2回


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『放浪記』で時代の寵児に
▲芙美子の自筆原稿

「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。」

林芙美子の『放浪記』は、そんな一文から始まります。
恵まれなかった少女時代、木賃宿(きちんやど)(*1)を転々としながら両親と共に行商で暮らした芙美子。
文才を秘めていた彼女は、やがて流行作家としてスターダムにのし上がります。
しかし、そこまでの道程は、決して平たんなものではありませんでした。
その壮絶な日々を書き連ねた、赤裸々な日記をまとめたものが『放浪記』です。
どのような境遇に落ちても、あらゆる手段を使って生き抜こうとした生命力。
思いの丈をぶつけた、炎のように激しい言葉の数々。
『放浪記』は、戦前戦後を生きた多くの日本人、特に女性たちの心を強く揺さぶり、力づけました。

自ら「宿命的な放浪者」だと名乗った芙美子ですが、36歳のときに持てるエネルギーと資金の全てをつぎ込んで、“ついのすみか”の建築に着手しました。
現在、林芙美子記念館として公開されているこの家は、非常に美しく洗練され、かつ温かみを感じさせるものです。
けれども、私はこの家を前にしたときに、かすかな違和感を覚えました。
あの違和感が何だったのか、あらためて考えながら、芙美子の人生を追っていきたいと思います。
 

こだわり抜いた家で過ごした晩年期

▲寝室の前で
資料提供:新宿歴史博物館

1926年、23歳の芙美子は画学生の手塚緑敏(りょくびん)と出会いました。
生涯添い遂げることになる緑敏は、この上ない包容力で荒波のような芙美子を受け止めます。
緑敏と出会ったことでツキが回ってきたのか、『放浪記』は雑誌連載で好評を得た後に文庫として出版され、『放浪記』、『続放浪記』は合わせて60万部を超えるベストセラーになります。
芙美子は瞬く間に時代の寵児となりました。

現在の新宿区下落合に芙美子がついのすみかを建てて入居したのは1941年、ちょうど作家として脂が乗り切っていた時期です。
しかし、芙美子はこの家に10年しか住むことができませんでした。
戦後5年ほどの間に多忙を極めた芙美子。
売れなかった時代のことが頭にあったからでしょうか、「他の女性作家に書かせるわけにはいかない」と手に余る仕事を引き受け続け、過労が重なり心臓に不調を抱えるようになります。
1951年、芙美子は突然の心臓まひでこの世を去りました。
亡くなったときには、連載を4本も抱えていたといいます。
芙美子と親しかった川端康成は、葬儀の席で、
「故人は、文学的生命を保つため、他に対して、時にはひどいこともしたのでありますが、(中略)どうか故人を許して貰いたい」と述べたそうです。
47年の濃密な人生でした。

***

“放浪者”であることを高らかに歌い上げてきたような彼女が、いったいどのようにして、どのような家を建てたのか、気になるところです。

芙美子が下落合に300坪の土地を購入したのは1939年のこと。
自ら200冊もの本を買って建築の勉強をしたり、100枚もの設計図を描いたりするなど、この新居の建築にはかなりのエネルギーを注いだようです。
設計は、モダニズムと同時に和風建築の名手とも言われた山口文象が担当。
また、元宮大工であった渡邉棟梁(とうりょう)を芙美子自身が信頼し、二人三脚で家造りに取り組んだようです。
芙美子は、家を見学するために渡邉棟梁と共に京都にも足を運びました。
最終的に数寄屋造りを取り入れた家を建てたことを考えれば、京都へ足を運んだのは伝統的な数寄屋造りの建築物を見学することが目的だったのかもしれません。
しかし、庶民が暮らす民家を見て回ったという、芙美子らしいエピソードも書き残されています。
「京都郊外の民家を見て歩きながら、気に入った屋根を写生したり、壁色の美しいのを見ては色見本で合わせてみたりした。自分の考えた通りの小さい平屋にぶつっかると、名刺を出して、なかを見せて貰ったりした」(「昔の家」より『芸術新潮』1950年1月号)
この一文からも、芙美子の並々ならぬ情熱が伝わってきます。
生活苦の記憶ゆえ、定住への執着や、立派な家を建てることで成功をアピールしたいという思いがあったのでしょうか?
残された家を見れば、芙美子の真意を感じ取れるのではないかと思い、私はあえてそれ以上は調べず、林芙美子記念館を訪れてみることにしました。

*1:安価で粗末な宿泊施設
 

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参考文献
『放浪記』(林芙美子著・岩波書店)
『人間・林芙美子』(竹本千万吉著・筑摩書房)
『生誕110年林芙美子展―風も吹くなり 雲も光るなり―』(公益財団法人 新宿未来創造財団)
林芙美子記念館パンフレット(公益財団法人 新宿未来創造財団)

取材協力:新宿区立 林芙美子記念館
所在地:東京都新宿区中井2-20-1
開館時間:10:00~16:30(入館は16:00まで)入館料:一般150円、小・中学生50円
定休日:月曜日(月曜日が休日に当たるときはその翌日)、年末・年始
https://ssl.regasu-shinjuku.or.jp/rekihaku/fumiko/12/

M0000OG1664(2017.07新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。