家が紡ぐ物語 江戸川乱歩編 第4回


第3回はこちら

乱歩が愛した幻影の城

写真提供:立教大学

強烈な個性を持つ怪人二十面相、不気味な妖怪博士、青銅の魔人、透明怪人……。異形の悪役たちがうごめく古い洋館に乗り込む明智小五郎と少年探偵団。
江戸川乱歩が描く妖しい世界に魅了され、子どもの頃に「少年探偵団シリーズ」を読破した思い出のある人も少なくないでしょう。
『屋根裏の散歩者』や『人間椅子』など人間心理を描き尽くした本格ミステリーも、いまだに色あせることなく、新たな読者を獲得し続けています。
「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」
乱歩は、この一言を自らのキャッチフレーズのように使っていました。
「現実世界の出来事は幻のようなもので、妖しい夢の世界こそが全てである」という意味で、“江戸川乱歩”というペンネームの由来にもなったアメリカの文豪、エドガー・アラン・ポーの言葉が元となっています。
この言葉を地でいくかのように現実の世界に価値を見いださず、職や住まいを転々としながら夢の世界に生きた乱歩。
専業作家になるまでに20回近く職を変え、生涯で40回以上転居を繰り返したといわれています。
そんな乱歩が、人生後半の31年間、一軒の家に住み続けました。
終の棲家(ついのすみか)となったこの家には、乱歩をひき付けてやまない何かがあったのでしょうか。

残された文献を読み解いていく中で見えてきた、生身の乱歩。
実際に足を運んだ旧乱歩邸で目の当たりにしたもの。
そこから、乱歩にとってこの家が何だったのかを探っていきたいと思います。
 

いざ、幻影城へ(2)

土蔵外観

今も池袋に残る、乱歩の終の棲家、旧江戸川乱歩邸。その庭にそびえるのは、「幻影城」と呼ばれる乱歩の土蔵———。
「戦前のわたしは極端な人嫌いで、土蔵の中の孤独だけを愛していた」と書き残されている、あの土蔵です。
土蔵の扉を開けてもらったものの、安易に入ることを拒まれるような感覚と、強烈に引きずり込まれるような感覚という、相反する2つの感覚にとらわれて一瞬足が止まります。
そんな思いを振り切って、まずは1階から見ていくことに。

土蔵1階の様子

ここには乱歩自身の著書のほか、一見、脈略がないようにも思える多種多様な本が左右にぎっしりと並んでいます。ドストエフスキーやニーチェ、谷崎潤一郎など世界各国の文豪や思想家の全集、犯罪や法医学関連の専門書、『千夜一夜物語』などもそろっています。乱歩が背表紙を手書きで装丁し直した本も見受けられました。
蔵書を見るというよりも乱歩の気配を存分に味わい、2階へ。

土蔵二階の様子

ここには、自著の他に、乱歩が蒐集していた和装本のコレクションが並んでいます。とりわけ江戸時代の版本(*1)や写本(*2)類にその蒐集癖が発揮されているとのこと。ほぼ全ての井原西鶴作品、好色ものを中心とした西鶴以降の浮世草子などがそろっており、その保管状態は専門家の目から見ても良好なものが多いそうです。

ここで目を引くのは、本を収めた箱に定規を使ったきちょうめんな直筆でびっしりと書名などが書かれていることです。箱が前後に重ねて置かれているところには、これもまた直筆で「裏側には予備として表側の箱と同じ本が入れてあるが、この方は欠本が多い」などと、誰が見ても分かるような説明が記されています。

同じ本が2冊ずつ、箱に書かれた順番通りに収められている

現実世界を嫌悪し、どんな仕事も長くは続かず、嫌気が差せば無断で飛び出し、作家になってからもたびたび休筆宣言をしては放浪の旅に出た乱歩。
土蔵にこもって常軌を逸するような情熱ときちょうめんさで蔵書を整理していた乱歩。
2つの乱歩像が重ならず、ふと違和感を覚えて立ち止まりました。
そして気付いたのは、この土蔵は乱歩にとって現実の世界ではなかったのだろう、ということです。
この土蔵は単なる書庫ではなく、まさにその名の通り、幻影の城。
夢の世界への入り口であり、夢とうつつの間を行き来しながら生きていた乱歩そのものだったのではないでしょうか。

そう思うと、蔵書の整理方法を記したきちょうめんな説明書きは、実は面倒見が良かったという乱歩が私たちに残してくれた「夢の世界へたどり着くための道案内」のように思えてなりません。
乱歩は随筆「幻影の城主」(『江戸川乱歩随筆選』より)の中で次のように書いています。
「社交術でも腕力でも、余りの弱者であった少年は、現実の、地上の城主になることを諦め、幻影の国に一城を築いて、そこの城主になって見たいと考えた。(中略)幻影の城主であることが職分である生活が彼の前に開けた。ここにのみわずかに安住の地があった」

20回も職を転々とした末、幻影の城主・作家となった乱歩。
さらに、古今東西の夢の世界へとつながる書物がずらりと並び、いつでも現実世界を閉め出すことのできる土蔵を手に入れたとなれば、もうここを動く必要はありません。
乱歩はここで至福の時間を味わっていたのでしょう。
戦争が始まる頃には、町の寄り合いにも顔を出さねばならなくなり、しまいには町会の副会長や警防団の町会防空指導係長なども務めたという乱歩。自らを「福々しい好々爺になってしまった」と自嘲する文章も残されていますが、この土蔵に足を踏み入れてみれば、乱歩の魂が最後まで幻影城の主であったことが伝わってきます。
この家との出会い、この土蔵との出会いが、乱歩を最後まで乱歩たらしめたのでしょう。

旧乱歩邸は、現在、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターとして立教大学が管理し、資料の保存と公開に取り組んでいます。
土蔵は、2003年に豊島区指定有形文化財の指定を受けました。

今日も幻影の城には、学生はじめ、海外の方から近所の人まで、幅広い乱歩読者が、在りし日の乱歩の面影を求めて訪れています。

*1:版木に彫って印刷した書物
*2:書き写された書物

 

第3回はこちら

参考文献
『江戸川乱歩推理文庫第60巻 うつし世は夢』(講談社)
『江戸川乱歩随筆選』(紀田順一郎編・筑摩書房)
『江戸川乱歩コレクションⅠ 乱歩打明け話』(新保博久、山前譲編・河出書房新社)
立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターパンフレット

取材協力:立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター
所在地:東京都豊島区西池袋3-34-1
公開:水曜、金曜(10:30〜16:00)
*資料閲覧には事前予約が必要
http://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/rampo/

M0000OG1541(2017.04新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。