吉本ばなな連載エッセイ「住まいへの扉」その2


吉本ばなな連載エッセイ「住まいへの扉」

吉本ばななが、住まいや暮らしのささやかな光をテーマに、心をこめて書き下ろす連載が始まります。
家や住まいが、気付かぬうちに育ててくれている“かけがえのない”記憶。
包み込むような筆が、あなたにそんな懐かしさを季節ごとにそっと届ける宝物のようなエッセイです。
『花のベッドでひるねして』の表紙を担当した大野舞の描きおろしイラストもお楽しみに。


小さなおうち

作家 吉本ばなな

その山の上のかわいいおうちは、友だちのお父さんの別荘だった。
もともと友だちの母方のおじいちゃんが買っていた土地だったが、欲が薄いお母さんは相続でほとんどなにももらわず、そのへんぴな場所にある安い土地をもらった。お父さんもそれを全くとがめず家を建て、趣味の木彫りを週末そこで思う存分やるようになった。
すでにお父さんの肺の状態はとても悪く、凍らせたペットボトルの水とステロイドの吸入がないと生きていられないレベルになっていた。
そのふたつになんとか支えられ、毎日ほとんどの時間を横になって咳き込みながら、今思えばお父さんはそのときが来るのを覚悟していたんだろう。

斜面に建てられたそのおうちは簡易な作りだったが、二階の窓から遥かに連なる山々が贅沢に見えた。たどりつくといつも友だちのお母さんが猛然とごはんを作り始めて、みんなでできあがるのを待つ。串揚げの材料をみんなで串に刺した楽しい思い出もある。フライヤーでどんどん揚げて、どんどん食べて、たくさん笑って、「お先に失礼」とお父さんはちょっと苦しそうに寝室に上がっていった。
宵っ張りの私が友だちとおしゃべりしていると、寝室からは夜中になってもお父さんの咳が聞こえた。咳と同時にお父さんとお母さんが話している声も聞こえてきた。まるで小さな巣の中で鳥が鳴いているみたいにふたりは会話していた。なんて仲良しなんだろうと私は思った。声のトーンでわかるのだ。
若かった私と友だちは盛り上がったり大笑いしたり、なにかと強い調子で会話が進む。
でもご両親の奏でるメロディは優しくていつまでも聴いていられた。お父さんの低い声にお母さんの高くてかわいい声がそっと寄り添う。私はそれを聴いているのが大好きだった。
私と友だちはしゃべりつかれておやすみと電気を消して、でもついまた恋についてのおしゃべりがはじまってしまう。それもすてきだった。若いってそういうことだ。
朝起きたら、お母さんがあのバターたっぷりのオムレツを作ってくれる。そう思うと、生まれて初めて味わう「お母さんのごはん」(私の母は料理をしない人だったので)の幸せに涙が出そうになった。
みんな宵っ張りだから朝も遅くて、ちょうどみんなが目覚める頃にお母さんが卵をかき混ぜる音がその小さなおうちに響きはじめたものだった。
 
いつまでも続くとは思っていなかった。だれとの関係だってそうだ。いろんなことがあって、それぞれが違う道を歩みだして、忙しくてなかなか週末の別荘に全員が揃って通えることが少なくなってしまったあるとき、お父さんはそこで亡くなった。
私はもう二度とあの窓から美しく霞む山々を見ることはない。でもあの景色をときどき夢に見る。大好きな人たちとまるで暮らすみたいに過ごした場所の、澄んだ空気を。

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M0000OG2638(2018.03新)

吉本 ばなな

吉本 ばなな

小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』(NHK出版)『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。(プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa)