吉本ばなな連載エッセイ「住まいへの扉」


吉本ばなな連載エッセイ「住まいへの扉」

吉本ばななが、住まいや暮らしのささやかな光をテーマに、心をこめて書き下ろす連載が始まります。
家や住まいが、気付かぬうちに育ててくれている“かけがえのない”記憶。
包み込むような筆が、あなたにそんな懐かしさを季節ごとにそっと届ける宝物のようなエッセイです。
『花のベッドでひるねして』の表紙を担当した大野舞の描きおろしイラストもお楽しみに。


もう紫蘇を買わなくていい生活

作家 吉本ばなな

「なにを飼ってもいいって、セントバーナードとかポニーとかでもいいんですか?」
私は冗談で言ったつもりだったけれど、大家さんのおばあちゃんは大まじめにこう答えた。
「いいわよ、なにを飼ったっていい。テラスでバーベキューをしてもいい。事務所にしてもいいし、人がたくさん出入りしても全然かまわない」
これは極端な例だと思うし、大家さんとして必ずしも正しいとは思わないけれど、あのおおらかな大家さんと同じ屋根の下に暮らせたことは、私の人生の宝物だと思う。
「あと、紫蘇をたくさん育ててるから、いつでも採っていいのよ。もう買わないでいい」
なんだかいいなあ、と思った。
大家さんのうちの家族げんかは派手で、大声で怒鳴りあうからいつも仕事を中断して耳をそばだててしまった。大家さんが家族のために作るお料理には、常に激しくごま油が使われていた。夕方にはマンション全体がごま油の匂いに包まれたので、つわりのときはくらくらした。そしてそんなこともお互い様というような感じの、ゆるい日々を過ごした。
上の階には有名なヴォーカリストが住んでいて、ロック・フェスティバルの前はいつもギターを弾いて新しい曲を練習していた。お風呂で彼が赤ちゃんに歌ってあげている優しい歌声もよく聴こえてきた。日々すてきな才能に触れることができて幸せだった。
そして実際に私は、夏に紫蘇を買わなくていい十年間を過ごした。
そうめんにも、パスタにも、お刺身にも。いつでも大家さんの育てた紫蘇を入り口のところの植木の中から摘んでくればいいのだった。

先日、私の愛犬が亡くなり、ネットで近隣の会社を探し、お葬式をしたのは偶然にもそのマンションの真向かいのお寺だった。
愛犬が初めてやってきたのはそこに住んでいたときだったし、散歩に行ったのもそのお寺のあたりだったから、自分で選んだのかしら?と思った。
冷たい体になってでも戻りたかったのは、初めていっしょに暮らした思い出の家だったんだね、と。
当時すでに八十過ぎていたあの大家さんはもう亡くなったのだろう、古いビルは取り壊され、ぴかぴかのマンションが建っていた。そのガラスのきれいなドアがあのときと同じオートロックの番号で開く、そんな錯覚をした。
あの部屋で私は赤ちゃんを育て、愛犬を育て、プロの歌を聴きながら小説を書いた。紫蘇はいつだって豊富で、大家さんは毎日ごま油で炒めものをしていた。
そんな全てがもうどこにもないのに、私の手には、鼻には、耳にはあの家の扉を開けるときの感触がはっきりと残っている。床のきしみも、防火扉の冷たさも、窓の外に見える借景の木々の緑も。
遠くにある大通りからいつも川みたいに車の流れる音が聴こえていたあの場所。
住まいは、永遠に消えない何かを人といっしょに作ってくれる。

M0000OG1501(2017.03新)

吉本 ばなな

吉本 ばなな

小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」を配信中。(プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa)