吉本ばななと稲垣えみ子 対談「生きる楽しみ、生活の楽しみ その8」


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生きる楽しみ、生活の楽しみ その8

「スマイルすまい」の“ボクとワタシの「幸福論」”に「手を動かす」という多くの方の心を温めたエッセイを書いてくれた吉本ばななさん。そして、同じコーナーにご登場いただいたのがアフロえみ子こと稲垣えみ子さん。実は、互いの大ファンということを聞き、早速対談をしていただきました。やはり、予想通りだったとてつもなく面白いお話をお届けします。

健康維持を過剰に考えるくらいがちょうどいい

ばなな うちの家族は、家電が大好きでしたよ。家にテレビが6台くらいあったし。しかも、いつも全部スイッチが入っているの。姉とか、何台か掛け持ちで見てましたもん。私は音楽聴きたい派だったから、テレビはあまり見なかったけど。

稲垣 ご家族のみなさん知識欲が旺盛なんですね。ちなみにうちの父も家電メーカーのサラリーマンだったという自負があるのか、今も家にいるときはずっとパソコンやっているんですよ。
母が認知症になっても、父は部屋でやっぱり長い時間パソコンと格闘していました。その時間が父にとっては大事なんですよね。自分の存在証明というか。
でも年をとるとそれが証明できなくなることがある。やっぱり母の最期はね。最初は行きたがらなかったデイサービスも、姉がうまく説得してくれて行くようになって、すごくおしゃれが好きな人だったから着ていく服を一生懸命選んだりしていたんですけど、でも次第に、洋服もたくさんある中から何かを選び出すこと自体が困難になっていく。それが少しずつプレッシャーにもなっていたみたいで。

ばなな 行きたくないところへ、その年になってまで行かなくていいんじゃない?って言いたいんだけど、本人やご家族にとってはそうもいかないしね。

稲垣 そうなんです。夫婦二人暮らしだったから、ずっと家に二人きりでいるとやっぱり父も煮詰まってしまうと思うんです。

ばなな いやー、大変なことですよね。1回染み付いたものって手放し難いし。でも、その人にとって楽しいことがほかに見つかれば、時間はかかるけれど手放せると思うんですよね。

稲垣 母は料理が好きだったんですけど、それも病気が進行するとどんどんできなくなってくる。それがまた、かわいそうで。自分が頼みにするもの、自分はこれが得意なんだ、だから私なんだっていうものが、どんどんなくなってくる。
頑張って得ていくことというのはある意味ラクなこと。でもそういう「失っていくことを受け止める」ということがいかに難しいかをそばで見ていて痛いほど感じました。

ばなな 一番、洗脳された世代だし、しかも、それを思い切り享受してしまった世代だから。それこそ、洗濯ってもう洗濯板でやらなくていいんだ!みたいな。それを私たちの力では取り外すのはすごく難しいし、酷だと思う。

稲垣 そうですよね。でも両親の老後を見ていて、自分自身の人生を見直すヒントをたくさんもらった気がしています。
私たちの年代になると、親の介護をしている方って多いじゃないですか。私は介護というほどのことをしたわけじゃないけれど、老いと格闘している姿を見ることで、親と自分の人生を比べていろんなことを考えることができる。介護って、実は希望を探すための仕事なのかもしれない。

ばなな 私は、なるべく人間としてというか、あまり嫌なことをしないで死んでほしいと思っていました。
父は最後、入院させられちゃって気の毒だったと思うけど、運ばれちゃったからもうしょうがない。病院って1回入っちゃうと、自由に出られない“牢屋(ろうや)”みたいなシステムだから。

稲垣 私も思いました。もうわがままは許しません、みたいな。

ばなな でも外科だったら頼った方がいいし、あと、救急ね。交通事故とか。そういうときは行かざるを得ないけど。できるだけ長期入院しないためには、相当、健康に気をつけてないといけない。そうじゃないと、気付いたときには入れられていた、みたいになるんだろうなと思う。

稲垣 私も今、すごく健康に気を付けています。会社にいるときは健康も会社が管理してくれたんですけどね。人間ドックも補助が出て、定期的に格安で受けられた。会社辞めるときには、「滑り込みで人間ドック受けとけ」ってみんなに言われました。

ばなな まるで悲しい世界に旅立つかのような(笑)。

稲垣 でも結局、悩んだ挙句、滑り込み受診はしませんでした。検査をして悪いところを見つけてもらうって、何か違うような気がしたんですよね。
当時の同僚たちを見ていると、みんなめちゃくちゃな生活で、人間ドックの1週間前から節制して「数字が良かった」とか喜んでいる。私も似たようなもんでした。いやいやそれっていろんな意味で違うじゃん、みたいな。

ばなな うん、根本をね、見失っちゃってる。

稲垣 定期的に健康診断があることに安心して、普段の生活はダメでも、検査の数字さえよければ大丈夫みたいな。それって本末転倒だなって。だから今は日々、健康であり続けるっていうことをかなり過剰に考えています。

ばなな 過剰なくらいでいいと思うな。私、出産のときにけっこう運動もしたし、高齢出産だけど絶対に大丈夫って思っていたけど、やっぱり大変でしたからね。陣痛促進剤なんて打たれちゃって。

稲垣 おいくつだったんですか?

ばなな えっと、39歳かな。

稲垣 かなり高齢に入る?

ばなな うん。かなり高齢だと思う。

稲垣 私は出産経験がないので。

ばなな 出産って死ぬことと似ていますよ。いろんな意味で。

稲垣 死に近づく感じ?

ばなな そう、近づく感じ。命をかけるって感じ。みんな自然なことだって言うけど、それは自然な状態で健康だった場合のお話。そうじゃなかったら、めっちゃ命の終焉(しゅうえん)に近づく。

稲垣 もう何か、危うい崖の横をすれすれに。

ばなな あんなに大量に血が出ることなんてなかなかないし。やっぱり、何でも健康じゃないとね。年を取ると普通に目もおかしくなるし、曇るし。あ、目っていうのは視力じゃなくて、心の目ね。

稲垣 分かります。でも私、心の目じゃない方の視力が今一番やばくて、眼を大切にしなきゃって真剣に考えています。

ばなな 両方、大切にしてください(笑)。

 

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吉本 ばなな
小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。

稲垣えみ子
元新聞記者 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。

M0000OG2566(2018.01新)

スマイルすまい編集部

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