吉本ばななと稲垣えみ子 対談「生きる楽しみ、生活の楽しみ その7」


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生きる楽しみ、生活の楽しみ その7

「スマイルすまい」の“ボクとワタシの「幸福論」”に「手を動かす」という多くの方の心を温めたエッセイを書いてくれた吉本ばななさん。そして、同じコーナーにご登場いただいたのがアフロえみ子こと稲垣えみ子さん。実は、互いの大ファンということを聞き、早速対談をしていただきました。やはり、予想通りだったとてつもなく面白いお話をお届けします。

なくしていく、減っていくことを受け入れる

稲垣 吉本さんのエッセイを読ませていただくと、ご自身も覚悟を持ちリスクをとって生きてこられたことがよく分かります。自分はこうだっていう、明確な旗を立てているんだなあって。

ばなな だから、去っていく人は去っていきますよ。

稲垣 そうですよね。私は、会社を辞めて初めてそのことを実感したけど、それでもまったく大丈夫って思いました。その感覚って会社にいるとなかなか持ちにくい。「会社員の私」がやっぱり優先になって、自分という旗を立てることのリスクの方が大きくなったり。
でも、自分の心に正直な旗を立てることができれば、別に誰も寄って来なくたって大丈夫なんですよ。それでも近づいて来る人もいるから。不思議ですよね。

ばなな 来るも、離れるも、自然に、自然に、ね。

稲垣 もしかすると会社員時代には近づいてくるものがあっても無視していたのかもしれない。でも今は何しろ孤独ですから、「あ、来た来た」みたいなことがうれしいし面白いし、よく見えるようになった。
話は変わりますが、吉本さんはエッセイで、ご両親を亡くされたことを何度も書いてらっしゃいますね。うちの父はまだ元気で独り暮らしをしているんですが、母がこの春に亡くなりました。母は最後、いわゆる認知症の症状に悩まされて、そんな母を見ていてすごく考えさせられることが多かったんです。
私たちの親の世代って高度経済成長時代を生きてきたから、常に上へ上へというか、何も疑うことなく裕福な生活を夢見て頑張ってきたでしょう。

ばなな もっと広い部屋に住みたい、もっと稼ぎたい、あれ買いたいとか。

稲垣 頑張ればそれがある程度実現できた世代ですし、誰かと比べて上にいくことで満足することが染み付いていたと思うんですね。
母は専業主婦でしたが本当に頑張り屋さんで、料理もおしゃれも裁縫も趣味もいろんなことに一生懸命で、その努力のモチベーションになったのはやっぱり人よりもうまくできるっていうことだったと思うんです。
でも認知症になってしまうと、上に行こうと思ってもなかなか行けなくなる。下がっていく一方だっていうことが自分でも分かる。そうしたら、自分は何のために生きているのかっていうことに答えが見つけにくくなってしまった。
外出しようって誘っても嫌がる。いろんなことがうまくできない自分を見られたくないんですね。自分が自分を許せない。
それでも全然いいじゃないって一生懸命伝えていたんですけど、そういう私自身もやっぱりグラグラするわけです。なくしていく、減っていくことを自然に受け入れることは、本当に難しいんだなあって思いました。

ばなな 一つ一つ、いじけずに認めていくのは大変ですよね。

稲垣 そのことが、実は会社を辞めようと決めた大きなきっかけでもありました。
このまま会社にいると、ずっとその価値観を変えられないっていう恐怖がすごくあって。減っていく、なくしていくことの価値を自分で何とかして見つけないと、晩年大変なことになるぞと。
何か、そういう類いのことを吉本さんはご両親を見てらっしゃって感じたことないですか?

ばなな ちょっと話がそれるけど、うちの近所のおばあちゃんは、毎日できることが1個ずつ減っていくのは、赤ちゃんのときに1個ずつできることが増えていったのとまったく同じ過程だから、それでいいんだって言っていました。気にしないって。
また、そのおばあちゃんがすごいのは、子どもたちを全員、外国に行かせていて、それぞれの国に居つかせたこと。今の時代だったらそんなに驚かないかもしれないけど。

稲垣 そのおばあちゃんの子どもさんって、けっこうなお年ですよね。

ばなな うん。子どもや孫が、「おばあちゃん、久しぶり!」って日本に会いにくる。この間は、孫に飛び付かれて転んで骨折したって平気で笑ってた。孫がアメリカ人の黒人の男性と結婚しても、反対しない。
今、90歳の人だったら一般的な価値観として、反対すると思うんだけど、まったく。「いいじゃない! 好きになった人なんだから」って。さらにすごいなと思うのは、自分が住んでいる家の2階の3つの部屋をアパートにして大家さんをやっているんだけど、どんな人も入っていいと。

稲垣 まったく制限なしで。

ばなな うん。そこに孫の元カレの黒人の青年が1人住んでた。今夫じゃなくて、元カレですよ(笑)。すごくいいでしょ。私はそのおばあちゃんに何度も励まされました。

稲垣 なるほど。すごく心が自由な方なんですね。

ばなな そう。どんな世代にも、こんな自由な人が必ずいるんだって、すごく勉強になった。
あと、うちの親に関しては、父はとにかく何でも闘う人でしたね。歩けなくなったこととも闘っていたし、目が見えなくなったこととも闘っていました。
いつも大変そうだったけど。一方の母は、こんな潔癖な人が“おしめ”とかするようになったら、つらくてどうなるの?って心配していたのに、本人は全然気にしなかった。

稲垣 ご両親の老後に、悲しみはあんまりなかったんですね。

ばなな うん。二人とも、しょうがないじゃないみたいな感じでしたね。母は、亡くなる3時間前に、ヘルパーさんに作ってもらった焼酎の何とか割りを飲んでいたみたい(笑)。
介護記録とか見ると、「おしめを換えた」と書かれた後に、「焼酎を1杯作りました」って書いてあった。

稲垣 すごいなあ。吉本さんのご両親は最期まで自分の“生活”を貫いたんですね。

 

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吉本 ばなな
小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』(NHK出版)『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。

稲垣えみ子
元新聞記者 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。

M0000OG2565(2018.01新)

スマイルすまい編集部

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