吉本ばななと稲垣えみ子 対談「生きる楽しみ、生活の楽しみ その6」

スマイルすまい編集部

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生きる楽しみ、生活の楽しみ その6

「スマイルすまい」の“ボクとワタシの「幸福論」”に「手を動かす」という多くの方の心を温めたエッセイを書いてくれた吉本ばななさん。そして、同じコーナーにご登場いただいたのがアフロえみ子こと稲垣えみ子さん。実は、互いの大ファンということを聞き、早速対談をしていただきました。やはり、予想通りだったとてつもなく面白いお話をお届けします。

価値観を変えないと惨めな老後が訪れる

ばなな ご近所付き合い、絶対にあった方がいいと思う。人として楽になる、本能的に。大親友になる必要はないので。

稲垣 例えば何かをあげると、何かが返ってくる。そうするとさっきも言いましたけど、お金じゃない経済が自分の周りに出来上がってくるんです。お金もご近所も、両方の安心感が必要ですよね。

ばなな 本当にそうですよ。会社を辞めたら急に皆から連絡が来なくなったっていう人、いっぱいいますもん。もちろん、そうじゃない人もいるけどね。

稲垣 『定年後』(楠木 新著)という最近ベストセラーになった新書を読んだんですけど、いまだに会社を辞めたら独りぼっちになって、何をしていいか分からないと困っている人が圧倒的なんですね。
でもそれってもう昔からずっと言われていることです。それでも変わらない。変われない。それは一体なぜなのか。何十年も毎月お給料をもらい続けてきて、急にそうじゃない世界に放り込まれたときにどうするのか、そこが一番の不安だと思うんです。

ばなな 毎月のお給料と、会社の看板、名刺、肩書もなくなる。女の人以上にやっぱり男の人はね。定年になると、惨めな気持ちになる人、多いんでしょうね。

稲垣 惨め……そうなんですよ。そのあたりの価値観を変えないと、どう考えても惨めになる。結局、みんなお金や会社中心の考え方以外に、別の神様を見つけることができないでいるんですよね。
私、会社を辞めて一人になったとき、自分の軸の大切さっていうのをすごく考えたんです。生活の楽しみとか、生きる楽しみをどう持っておくかって。

ばなな そこ、詳しく教えてください。

稲垣 いい家に住むとか、プレミアム家電を買うとか、そういう生活が豊かなんだと多くの人が信じていますよね。
私自身も長いこと、そういう豊かさを手に入れることを人生の目標にしてきました。だからいい会社に勤めていい給料をもらうことが必要だったんですけど、今は、そんなことを目標にしちゃいけないと思うようになったんです。
それよりも、最低限これがあれば、自分はやっていけるっていう背骨というか軸みたいなものを持っておくことがものすごく大事なんじゃないか。
私はヨガをやっていて、吉本さんもロルフィングとかやられているので、体の使い方とか詳しいと思うんですけど、体幹を意識して体の軸を取れるようになると、筋トレなんてしなくてもどんな動きも自由にできるようになりますよね。
それと同じように、いい生活って多分、軸をしっかり持って自由に生きることだと思う。そのためには、プレミアム家電とかむしろ邪魔です。いや、あってもいいんですよ軸があれば。軸がないのに、家電や物に支配されちゃうと、自分の生活がなんのためにあるのか分からなくなって、不安ばかりが募っていく。

ばなな 私の場合は、自分や家族が健康であることを第一に考えると、生活の中の余分なものが自然に排除されていったって感じかな。

稲垣 なるほど。私は独身でわがままに生きてきたので、人工的な過程が必要だったのかもしれないです。電気をほとんど使わなくなって、会社も辞めた。そうやって初めて軸を見つけることができて、気付いたら老後不安もまったくない状態になれました。
これまで考えてきた豊かな生活って、今思えば、ブヨブヨした肥満的な暮らしだったんだと思います。それって消費ですよね、生活じゃなくて。そうじゃなくて、自分はこれだけ食べれば生きていける、これだけの空間があれば機嫌よく暮らしていける、この人とこの人がいれば自分は大丈夫とか、生活の幅を広げていくんじゃなくて、むしろ範囲を狭く、狭く、自分を小さく、小さくしていきたい。
そんなの寂しくて惨めじゃないの?って、みんな言うかもしれないけど、全然、そうじゃない。

ばなな ほとんど同じ意味だと思うんだけど、私は、朝起きたときに今日はどういう日にしようとか、今日は何をしようとかって楽しく思えないと、生きているとは言えないなって。それが人間の権利と自由だと思っています。
そこから自分を遠ざけているのは何なのか、突き詰めて考えないといけない。日本人の多くは、あー今日も嫌だなって思いながら生きている気がします。

稲垣 なるほど。そこで何が嫌なのかを突き詰めて考えていないのかもしれないですね。会社に行くのが嫌だとか、満員電車に乗るのが嫌だとか思うけど、どうして満員電車に乗って会社に行かなきゃいけないのか、本当それしか生きてく手段はないのか、そこまで考えないんですよね。

ばなな そうそう。あらゆることを駆使すれば、少なくとも満員電車に乗らなくても済むようになれるはず。例えば、あの人は絶対に11時にならないと出社しない、呼び出されようが何しようが来ないというスタイルを貫くとかね。
私の友人にかなりのつわものがいて、大きな会社で働いていたんだけど、入社以来、会議に1回も出たことがないの。年次を経るごとに偉くなっていったんだけど、朝9時半から会議があると分かっていても絶対に行かない。それを徹底して続けていたら、いつの間にか誰も文句を言わなくなっちゃったんだって。

稲垣 元会社員の私に言わせれば、その方、よほど優秀な人だったんですよ。

ばなな 優秀じゃないところもたくさんあったんじゃないかな。でも、とにかくあいつは来なくても仕方ないっていう状態にしちゃったんですね。
でも、リスクを取る分、実力はあったと思う。人間力も。あと自由に昼寝をするっていう制度も自分が作ったって言ってた。

稲垣 すごいですね。朝は行かないし、自由に昼寝する会社員って(笑)。

ばなな でも、その彼女はけっこう長く会社にい続けて、円満に退社したからね。

稲垣 多分、覚悟ですね。リスクを自分で取るって決めてやれるかどうかっていうことだと思う。それはすごく分かります。

ばなな 自分でそれが正しいと信じて続けていれば、必ずそれが認められるときが来る。だから吉本さんだから、稲垣さんだから、その人だからできるんだよってことではないんですよね。

吉本ばなな

小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)『切なくそして幸せな、タピオカの夢』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。『お別れの色 どくだみちゃんとふしばな3』が2018年11月23日に発売される。(プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa)

稲垣えみ子

元新聞記者 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。

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