吉本ばななと稲垣えみ子 対談「生きる楽しみ、生活の楽しみ その5」

スマイルすまい編集部

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生きる楽しみ、生活の楽しみ その5

「スマイルすまい」の“ボクとワタシの「幸福論」”に「手を動かす」という多くの方の心を温めたエッセイを書いてくれた吉本ばななさん。そして、同じコーナーにご登場いただいたのがアフロえみ子こと稲垣えみ子さん。実は、互いの大ファンということを聞き、早速対談をしていただきました。やはり、予想通りだったとてつもなく面白いお話をお届けします。

昔の東京の余裕はどこに行っちゃった?

稲垣 吉本さんは私よりずっと昔から、かなり解放されて生きてきた気がします。

ばなな 私、東京・文京区の下町生まれだから、家にないものは近所で探せって感じの暮らしだった。だって、本当に普通によその人が、家の冷蔵庫を開けていたこともあったし。

稲垣 え、知らない人が?

ばなな そう、私的には泥棒じゃん!って。一応、知っている人だけどね。その後、世田谷区に越してきたときに、何て冷たいんだ、都会は!って(笑)。
「こんにちは」とかあいさつすると、できれば関わりたくないですって感じのご近所さんに生まれて初めて接したので、すごくビックリして。

稲垣 それ何歳ぐらいのときですか?

ばなな えーと、世田谷に越してきたのは30歳くらいかな。そもそも私、電車の中とかでも知らない人に「その服いいですね」ってすぐ声掛けるタイプの人間なんですよ。

稲垣 まるで大阪のおばちゃんじゃないですか! 私、会社員時代は関西に長く暮らしておりまして、大阪のおばちゃんを心から愛しています(笑)。
それこそアフロなんて見たらすかさず食いついてきますからね。「ねーちゃん、その髪形ええなあ」って。で、次に必ず「私もな、昔そんなんやっててんで」って言うんですけど、絶対違う(笑)。それは単なるきっついパーマやろって(笑)。

ばなな 大きな違い(笑)。

稲垣 で、3年前に転勤で東京へ引っ越してきたとき、高い給料を頂いていたのでけっこう高級なマンションに住んだんです。
自分では東京のおしゃれな場所に住んでいるってことに内心鼻高々だったんですけど、エレベーターとかで会う人に「こんにちは」って言ったら9割の人に無視された。いや、無視ってすごいなって思いました。逆に、エネルギー要るじゃないですか。

ばなな 分かります。私もそういった“経済ゾーン”に住んでいたときは、あいさつをしても無視されてた。

稲垣 やっぱりそうなんですか。私、自分がアフロだからかな?ってちょっと心配してたんですけど。

ばなな それも絶対あると思いますけど(笑)。

稲垣 ですよね(笑)。最初は、管理人さんもすごく暗くて、無視されてた。でも、頑張ってあいさつし続けていたらだんだん心を開いてくれて、「行ってらっしゃい」と言われるようになったんですよ!
その時は、やったぜと心の中で大きくガッツポーズしました(笑)。だから引っ越すとき、管理人さんと離れるのが一番悲しかった。

ばなな 地方から東京に来て暮らしている人の方が、ご近所に冷たくする傾向は強いかもしれない。やっぱり用心しようって気持ちが強いから。
私が最初に住み始めた家の大家さんは、毎晩ご飯をお裾分けしてくれるような人でね。もう、下宿的な雰囲気。たまにうちの部屋に上がって、勝手に子どもの足を伸ばしていましたからね。「赤ちゃんのとき伸ばしておくといいのよ」とか言って(笑)。

稲垣 勝手に子どもの足を伸ばす! いいなあ(笑)。

ばなな 世田谷ではかなり珍しい世界でしたけど、すごく楽しい環境でしたね。だから、そこから引っ越して、次に住み始めた家の近所の冷たさには衝撃を受けた。

稲垣 時々、エッセイとかでも書かれていますよね。昔の東京の余裕はどこに行っちゃったんだ、みたいなことを。

ばなな 私が生まれ育った家のご近所さんは、みんな窓を開けていて、窓から物を受け取ったり、渡したりするっていうのが常識だったから。反してこの無関心って! 同じ東京なのになんて恐ろしいと思いましたよ。
例えば、知り合いから“かぼす”を100個もらったときとか、どうするんだろうって。

稲垣  みんな冷蔵庫があるから、冷蔵したり、果汁を搾って冷凍したりするんじゃないでしょうか(笑)。でもうちには冷蔵庫がないので、数日で使い切れないものは人にあげるしかない。これって実は大変なんです。
今は“近所の喜んでくれそうな人リスト”が、自分の頭の中にあるんですけど、会社員時代はそんなものまったくなかった。会社と家の往復だけで、近所に知っている人なんていないから会社で配るしかない。ご近所付き合いができるようになったことが、自分にとってすごい進歩だと思っています。それもこれも冷蔵庫とお別れしたおかげです。

吉本ばなな

小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)『切なくそして幸せな、タピオカの夢』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。『お別れの色 どくだみちゃんとふしばな3』が2018年11月23日に発売される。(プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa)

稲垣えみ子

元新聞記者 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。

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