家が紡ぐ物語 夏目漱石編 第3回


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ロンドン留学を経て千駄木へ

写真:国立国会図書館ウェブサイトより

明治の文豪・夏目漱石―――
その名から誰もが最初に思い浮かべるのは、立派な口ひげを蓄え、まるで日本の行く末を案じるかのような憂いを帯びた目をした、あの写真ではないでしょうか。
漱石の人となりはあらゆる言葉で語られてきましたが、そこには常にあの写真から漂う「迷いなくわが道を進むエリート」「イギリス仕込みの近代的な紳士」というイメージが付きまとってきたような気がします。
漱石は、49年の生涯で30回を越える引っ越しをしました。
引っ越しの経緯を一つ一つたどっていくと、周囲に翻弄(ほんろう)されて右往左往している生身の漱石が浮かび上がってきます。
その姿は、誰もが思い浮かべる「文豪・夏目漱石」からは少し離れていて、時に痛々しかったり、時に滑稽だったりします。
漱石はどこから生まれて、どこにたどり着いたのでしょうか。
漱石が暮らした家々を訪ねながら、その人生をひも解いていきましょう。
 

ロンドン留学「尤も不愉快の二年間なり」

1900年、熊本にいた漱石は文部省の官費留学生として2年間のイギリス留学を命じられました。
私たちにとって、漱石といえば「イギリスで近代化を目の当たりにしたグローバルな明治人」という印象がありますが、当の漱石にとってのイギリス留学は「尤も不愉快の二年間」(『文学論』)だったようです。
経済的困窮、孤独、西洋から見た日本の小ささを目の当たりにした衝撃……。
限界まで追い詰められて神経衰弱も悪化、その様子は遠く日本に伝わるほどでした。
イギリスで暮らした2年間も、漱石は引っ越しに追われます。その数、5回。
資金不足や大家との不和、家主の転居など、イギリスでも熊本同様、やむにやまれぬ事情に翻弄されたようです。
 

『吾輩は猫である』を生んだ千駄木の家

千駄木の家の書斎(1906年)

1903年、漱石はすっかり無一文になって帰国しました。東京で漱石の帰りを待っていた鏡子夫人もまた貧乏に苦しみ、漱石を迎えるために100円(*)の借金をしたといいます。
このときに見つけてきたのが、千駄木の家です。
漱石の友人である斎藤阿具の持ち家で、斎藤が仙台勤務だったため空き家になっていました。家賃は25円(*)。
典型的な中流住宅でしたが、庭を含めて400坪もあったといいます。短い中廊下がついていたり、書斎が南の面に突き出して、後の時代の洋風応接間のような雰囲気を感じさせたりするなど、先進的な趣もありました。
驚いたことに、ここには1890年から1年ほど、森鴎外が住んでいたことが分かっています。歴史に名を残した2人の文豪がたまたま同じ家に住んだという偶然には、見過ごせない何かが感じられます。

この時期の漱石は、強度の神経衰弱に苦しめられました。
漱石の暴言や暴力に身の危険を感じていた鏡子夫人ですが、漱石を診察した医師から「これは一生治ることのない精神病である」と聞き、生涯漱石を支えていくと覚悟を決めます。
1904年、漱石は友人・高浜虚子に勧められ、気分転換を兼ねて『吾輩は猫である』を書き始めました。モデルとなったのは、この家に迷い込んできた黒猫です。作品の中で描かれた猫のためのくぐり戸なども、この千駄木の家にあったものでした。
俳句雑誌『ホトトギス』に連載されたこの作品は大人気となり、漱石は瞬く間に人気作家の仲間入りを果たしました。精神的なバランスをかろうじて保てていたのも、執筆活動があったからだったのでしょう。
この千駄木の家は、現在、愛知県犬山市の「博物館明治村」に移築保存されています。

(*)1894年(明治27)〜1907年(明治40)、公務員の初任給(諸手当を含まない基本給。高等文官試験に合格した高等官対象)は、50円でした(『値段の明治・大正・昭和風俗史<続>』(朝日新聞社)より)
 

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参考
『文豪・夏目漱石–そのこころとまなざし』江戸東京博物館・東北大学編/朝日新聞社
小冊子「漱石山房の思い出」新宿区地域文化部文化観光国際課
『漱石の思い出』夏目鏡子述・松岡譲筆録/文春文庫
『千駄木の漱石』森まゆみ/ちくま文庫
『漱石とその時代 第三部』江藤淳/新潮選書
「愚陀佛庵」(http://www.bansuisou.org/gudabutsu/about.html
ホテルサンルート熊本HP(http://www.sunroute-kumamoto.jp/
夏目漱石内坪井旧居(http://www.manyou-kumamoto.jp/contents.cfm?type=A&id=79)
博物館明治村(http://www.meijimura.com/enjoy/sight/building/1-9.html)
新宿区立漱石公園(http://www.city.shinjuku.lg.jp/content/000113753.pdf)
サライ公式サイト内「日めくり漱石」(http://serai.jp/tag/夏目漱石

M0000OG1395(2016.12新)

棚澤明子

棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。